もうずいぶんと前から、レオナルドはある違和感を感じていた。 それは二人きりの時に、より顕著に現れる。が、あまりにも微々たるもので、ただの思い過ごしだと思っていた。 いや、思いたかったのだ。気づいてしまえば、気づいたところでさてそこからどうする。 その先を考えると途端に思考が霞がかり、何も考えられなくなるのであえて気づかないふりをしていた。
スティーブンがよく、自分のことを見ている。 他のメンバーと談笑している時も、ふと意識を視界の端に持っていけば、視線の存在とかち合う。 まぁ監視下に置いておくと言う意味ではある意味間違っていないのだが、しかしスティーブンのそれは、レオナルドにはそういった類のものとは異質なものに感じた。 もっと底が見えない、心の奥まで覗き見られそうな、そんな目。 自意識過剰だよなと自分に言い聞かせてやり過ごした時もあった。だけどスティーブンの視線は意識しないようにすればするほど、それこそ背中を向けている時でさえ、感じるようになった。
レオナルドは戸惑っていた。普通に用事があって会話をする時は事務的でいたって普通。その瞳を無遠慮に覗き込んで見ても、自分が感じた色は少しも感じられなかった。なんなんだ?僕は気づかないうちになんかやらかしたのか?気がつけばレオナルドはスティーブンのことばかり考えるようになっていた。
すると、おかしなことにいつしか、レオナルドにとってスティーブンに密かに見られているということが、なんだか嬉しいことに思えてきた。 表向きは何も変わらない。あたりさわりのない会話は健在で、関係の変化などなにひとつないように思われる。 しかし特に会話がない時、他の者もいて各々の時間を過ごしている時、そんな時はレオナルド自身も知らず知らず、スティーブンに見つめられることを期待していた。 視界の端で視線を捉えると、得もいわれぬ高揚感が身体を駆け巡った。スティーブンさんに見られている。そう考えると心臓がドクドクと脈打ち、頬が紅潮する。普通にしていることが難しいと感じるようになった。
そのうち欲が出てきた。レオナルドは見つめられるだけでは満足できず、自分も見つめたいと思うようになっていた。 スティーブンが仕事の話をクラウスとしている時、調査以来の電話を受けている時などにこっそりと見つめることが増えた。 自分のことを見ていないスティーブンを観察するのは新鮮で、その動き一つ一つを、まるでこの目で録画しているかのように追った。 改めて見るとこの男は端正な顔立ちをしていて、同性であってもドキリとさせられる立ち居振る舞いをする。 かっこいい。かっこよすぎる。神様はなんて不公平なんだ。レオナルドはそう嘆いてみたものの、そんなかっこいい男の視線を独り占めにしていると思うと、悪い気はしなかった。
***
この前初めて二人だけで食事をする機会があった。 向かい合って座り、たわいのない会話をスパイスに食事をする。真正面から堂々と見つめることが出来る喜びを存分に味わいながら、レオナルドはしばしその状況に浸った。この時がずっと続けばいいのにと願いながら。
ひと時、会話が途切れた。空腹は既に満たされ、食後のコーヒーをすすっていると、周りの喧騒しか耳に入らない、そんな時が訪れた。 なにか喋った方がいいかな。カップから顔をあげたレオナルドとスティーブンの視線が絡み合う。
射抜かれた。 まっすぐに見つめてくる視線にレオナルドはたじろいだ。先ほどまで頬杖をつき、リラックスして会話をしていたのが嘘のように真剣な眼差し。周囲の空気が張り詰める。
「っ…どうしたんですか?スティーブンさん」
聞かずにはいられなかった。それは今この状況だけを差しているものではない。今までの全ての視線の意味に対して口に出すことのできなかった疑問の声が積もり積もってでたものだった。 どうして僕を見ているんですか?どうして何も言わないんですか?どうして気づいてくれないんですか?どうして…
「少年」 「はい」 「食後にデザートはどうかな?」 「はい?」
一変。にっこりと微笑むとメニューを差し出す。スティーブンが何を考えているのか皆目検討がつかない。 なんで?どうして?しかしレオナルドにはそれ以上踏み込んで聞くことは出来なかった。 単純に怖かったのだ。何かが変わってしまいそうな、もう元には戻れないような、漠然とした不安が本能的にそれ以上の追及を止めた。
「さすがにちょっともう入らないっす…。」 「ここのランチは味は美味いがボリュームもすごいからな。どうだ?この後多少時間もあるし、食休みがてら歩かないか?」 「あーそれは賛成っす」
ゆるゆると右手を挙げてみせ、それじゃあ決まりだと店を後にした。
それから後のことはぼんやりとしか覚えてない。 レオナルドはひとつの思考に囚われ、会話はしていた気がするのだが、ほとんど上の空だった。
あれはなんだったのか。 あの食事以降二人きりになる機会はなく、答えの見つからない感情を抱きながら、レオナルドはもんもんと日々を過ごしていた。
***
ところがそのうちに微々たる変化が起こる。 あんなに感じていた視線があまり感じられなくなったこと。しかし時折レオナルドがこっそり目で追えば、スティーブンと視線が合うようになった。
始めのころはそれはもうヒッと小さく声が上がるほどに驚き、あからさまに目を逸らしていたのだが、最近は目が合うとスティーブンの目尻が優しく下がるので、つられてレオナルドもへへへと笑うようになった。 レオナルドが見やればその視線に気づいたスティーブンが見つめ返す時もあれば、レオナルドがふと見るとスティーブンに見られている時もあった。 時にはほぼ同時に視線を向け合ったこともあった。あまりのタイミングのよさに二人して笑いがとまらなくなったりして、他のメンバーの頭にクエスチョンマークがたくさん飛んだのを、今思い出してもおかしく思う。
目と目が合うたびにレオナルドの心は暖かい気持ちになり、むずがゆいようなくすぐったいような、思わず大声で叫びだしてしまいそうな、小躍りしてしまいそうな、とにかく幸せな気持ちでいっぱいになっていた。
すきだ、と思った。 もっとスティーブンのことを知りたい。スティーブンの傍にいたい。スティーブンと話していたい。スティーブンに触れていたい。 その想いはすとんとレオナルドの中で自然に芽生え、スティーブンもまた自分と同じ気持ちならいいのに、と思った。
「少年、久しぶりに食事にいこうか」
皆が出払っている時に、スティーブンが静かに呟いた。
「二人でですか?」 「ああ、二人で。」 「前にも、こんなことがありましたよね」 「そうだったな。あれ以来か、一緒に食べるのは」 「今日は何を食べましょう」 「少年は何が食べたい?」 「そうだなぁ。この前は結構ガッツリ系でしたよね。ああ、でもまた同じとこでもいいかも。結構腹減ってるんで」 「よし、じゃあ行こうか」 「はい!」 「少年の頼んだナポリタン、うまそうだったんだよな。今日は俺もあれにしよう」 「うまかったっすよ!ボリューム、むちゃくちゃありましたけど」 「ははは確かに!少年、ちっこいのによく食ったよな」 「ちっこいは余計だ!そうですよ、それなのにデザートとか進めてきちゃって正気を疑いましたよ」 「ん?そうだっけ?」 「ちょ!とぼけないでくださいよ!コーヒー飲んでハー食った食ったそろそろ出るかなって時でしたよ!?何考えてんだこの人って本気で思いましたからね!?」 「あーうーんすまん」 「まぁいいですけどね。そんな煮え切らないところも好きなんで」 「いやー面目な…ん???」 「なんですか」 「えっいや、今「好きですよ」
「さ、ご飯いきましょー!」 「待った待った少年!急すぎないかいろいろ!!」 「遅いくらいですよ!あースッキリした!あー緊張した!あーお腹減った!もー早く食べたい」 「レオナルド!」
スタスタと歩き始めたレオナルドの腕をスティーブンが強く引いた。 その腕の中にしっかりと抱きしめられてレオナルドはうつむいた。名前を呼ばれ、抱きしめられたりといっぺんにいろんなことが起こり、軽くパニック状態になる。
「俺はずっと、レオナルドのことを見ていた」
知っている。その視線にずっと気づいていた。スティーブンが見つめていたおかげで、レオナルドは自分の気持ちに気づけたのだ。
「……ご飯は、デリバリーにしてここで食べますか?聞きたいことが山のようにあるんです」
二人の2度目の食事が始まる。
END.
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