memo | ナノ


書類の山はあとひと山。目を細めたり肩を回したりしながら、スティーブンは連日の書類整理に終わりが見えてきたことに内心ほっとしていた。

眠れる。これでやっと眠れるぞ。しっかりと睡眠というものをとったのはいつだったか。目を一度閉じたら二度と帰って来れないであろう緊張感から、徹夜続きのスティーブンの状態は疲れを通り越してもはやハイになっていた。
視線は書類に向けたまま冷め切ったコーヒーをすする。もはや何を飲んでいるのか味覚もあやしい。
それでも、一体何徹目だったかもわからないくらいなのに、未だにモチベーションを保って仕事をしていられるのは何故か。


スティーブン自身にもよくわからないのだが、なんとなく思い当たる節がひとつ。
ソファの方からたまに聞こえてくる寝息と、寝返りをうったのであろう衣擦れとソファの軋む音。
一人の少年レオナルド・ウォッチと一匹の音速猿がそこに丸まって寄り添うように眠っていた。


何があったか知らないがレオナルドは酷く疲れた顔で一刻ほど前に事務所にやってきた。
スティーブンがずっと残っていることは先日クラウスと話している時に居合わせていたので知っていただろうに、それでも「まだ居たんですか」と驚いた顔を一瞬したのをスティーブンは見逃さなかった。

「こんな時間にどうしたんだ、少年。酷い顔をしているな」
「スティーブンさんほどじゃないですよ」

へへッと笑ってみせ、レオナルドは多くを語らなかった。
本人が言いたがらない以上、これ以上の詮索は野暮だ、とスティーブンも2,3あたりさわりのない会話をするだけに留めた。
レオナルドにとってもスティーブンの態度は好都合で、ゆったりとソファに腰を下ろすとしばし沈黙の時が流れた。
その沈黙も、レオナルドの寝息によって、すぐに破られることになるのだが。


スティーブンとレオナルドの関係は実に簡潔に説明がついた。
上司と部下。それ以上でもそれ以下でもない。
それでも、異常者だらけのこの街で、レオナルドは神々の義眼を持っていることを抜きにすれば、普通の少年。そんな危うい存在のレオナルドに、いつもさりげなく目を配っているのもまた事実だった。
もちろん、ライブラメンバーの誰にしろ、それもまた然りなのだが。


「ごはんちゃんと食べてますか?倒れてからじゃ遅いんですよ?」

以前、同じように何徹夜目かの朝に、出勤したてのレオナルドにおはようございますの続け様に問いかけられたことがある。
守るべき存在でか弱きものと認識していたレオナルドから、自分の体の心配をされるとは思ってもいなくて、スティーブンは肩を震わせて笑ってしまった。

「ふっ…少年は僕のお母さんかな…!」
「いや、笑い事じゃねーし!アンタ倒れたら代わりはいるのかよって話っすよ!」
「ッ…いやホント…その通りだな」

ピシャリと正論を言われてしまいぐうの根も出なかった。
全く、どちらが大人かわからない。ちぐはぐな状況と徹夜明けのテンションも相まってツボってしまい、腹を抱えていると「人が本気で心配してんのにシツレーな人だな!」と横でぷんすこするレオナルドを見てますます笑いが止まらなくなった。いつぶりだろう。こんなに腹の底から笑ったのは。

「あーあー番頭が壊れちまったぞ」

ザップがジト目で聞こえるように言った嫌味すら特に気に留まらなかった。いつもだったらこうはいかない。

「とにかく!」

仕切り直すように大きな声でレオナルドが続ける。

「体が資本でしょ!なんか食いたいもんはないっすか?!僕買ってきますよ。それくらいはできるんで!」
「サブウェイ」
「さ」
「サブウェイを頼もうかな」

どうやらこの発言が火に油を注いでしまったらしい。栄養がどうのこうのと騒ぐレオナルドはひとしきり言いたいことを言って、それでもサブウェイを買ってきてくれた。
自分だってバーガーばっか食べてるくせにと心の片隅で思って、それこそ子供のような思考に驚いた。
自分でも知らない、素の自分を引き出されたような気持ちになって、レオナルドという少年はその眼を抜きにしても不思議なやつだ、と認識を改めた。

モリモリと笑顔で固めのパンサンドを咀嚼するスティーブンを何か言いたげな顔で見つめた後にレオナルドは言い放った。



「今度、ぶっ倒れそうな状態のアンタを見かけたら首に縄つけてでも飯につれて行きますからね!ちゃんとした飯に!!」



ペンを止める。
仕事は山を越え、締め切り間近のものはあらかたなくなっていたのだが、惰性でもうちょっと、と続けていたら止め時を見失っていた、そんな矢先だった。
まさか、レオナルドはあの時のことを覚えてはいないだろう。
自分だって今の今まで忘れていた、約束というほどでもない「今度」という不確かなもの。
それでも、レオナルドは今ここにいて、スティーブンはレオナルドの発言を思い出せたことを、嬉しいと感じていた。


ソファを覗き込む。規則正しい寝息を立てるレオナルドを見ていると、不思議と口角が上がる。これはちょっと手遅れかもしれない。
情が湧くとはこのことか。
優しく髪を撫でて隣に腰を下ろした。

そうだ、少年が目覚めたら一緒に食事に行こう。ちゃんと栄養のバランスのとれたしっかりした食事に。人に気遣ってもらえるなんて久しぶりで忘れていた。御礼も兼ねて、俺が奢ろう。遠慮なんてさせない。「一緒に」食べる義務が少年にはある。そこで聞こうじゃないか。今日、少年になにがあったのか。

思考はふつりと途切れ、意識を手放した。





ソファに少年が一人と音速猿が一匹、それに一人の大人も加わって、3人で気持ち良さそうに眠っているのを他のメンバーに目撃されるのは、もう少し後のこと。









END.




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