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生徒と恋愛なんて間違ってもしない

とは言っても自分は童顔で、女子生徒たちが黄色い声をあげて寄ってくるなど、まずないだろうと思っていたし、自分自身生徒を恋愛感情でみたことなどなかった。

武田は教師という職業が好きだ。教えるということが昔から得意で、生徒たちも十人十色、いろんな子たちと出会い、関われることが嬉しかった。

そんな武田が今一番興味があること。それはバレーだった。
バレー部の顧問になってからバレーに関しては全くの素人の武田は細かいルールなどは分からなくとも、自分よりいくつも年下の彼らが、打ち、跳ぶ姿に一瞬で虜となった。
彼らともっと上へ行きたい。

それから武田はバレーについて熱心に学び、今自分に出来ることは何か常に探した。
彼らといると若き日の自分に立ち戻ったかのような錯覚に陥る。
青春のあの日々を当時とは比べものにならないほど濃く、充実したものにかえて繰り返している。

夢中だった。恋愛などしている場合ではない。
自分にはまだまだ学ぶべきこと、やらなければいけないことが山ほどあるのだ。



「先生」

澤村大地は武田の中で一番と言っていいほど信頼のおける生徒だ。
休憩時間や放課後、休日とバレー部に関わる時間が増えるとそれに比例して澤村といる時間が増えた。
バレー部の主将ということもあって他の生徒と比べるとあまりに長い時間一緒にいる為かついつい澤村の前では気が緩んでしまう。

「先生、あくび」
「わっ!え?今僕あくびしてた?」
「バッチリ見ましたよ」

ニヤリと口の端を上げて澤村は意地悪く笑ったあと少年らしく顔をくしゃくしゃにして盛大に吹き出した。

「先生…顔まっか」
「そんなに笑わなくてもいいじゃないか」

むす、と頬を膨らましかけていかんいかんと慌ててやめる。
こういう行動が童顔に拍車をかけるのだ。

「寝不足ですか?」
「んん…まあ言ってしまえばそうなんだけどね、教師ってのは年中寝不足のようなもんだから、心配するようなことじゃないよ」

それより続き!
促す武田にああ、と思い出した風に澤村は喋ることを再開した。



「それにしても君たちは本当にかっこいいよね」
「先生〜またですか」

何を話してても結局そこに行き着いてしまう。
素直に、自分にとって誇れる生徒だと思っているから自然と口をついてでるそのセリフ。
澤村はもう何度となく聞いてきた。

「鳥肌がたったもん!」

前のめりに語り出すと止まらない。
まだまだ伸びしろがある発展途上な彼らのしなやかな動きを思い出すだけで熱くなる。
まくしたてるように話す武田をどうどうと制し、澤村は自然に武田の手に触れる。

ギシリとほんの一瞬だけ怯み、出るはずだった言葉を飲み込んだ。
澤村が両手で武田の手を開き、平から手首、腕に触れる

「ここでね、打つんですよ」

武田の手に触れ続け、視線も伏し目がちに静かに言う。当の武田は澤村から目が離せない。

「先生も、出来ますよ」

視線がかち合う。

「そう、思う?」
「はい。」

一緒にやったら絶対楽しいですよ。澤村は本当に楽しそうに笑う。

「うん、やってみてわかることもあるかもだよね」

はは、やった!俺教えますから。
負担にならない程度でいいよ、これから忙しくなるんだから。


手は、握られたままだ。


「さ、澤村くん」
「先生、次の授業始まりますね」

はたと時計を見やるとまもなく予鈴がなる。幸い武田は次の時間は空きだった。

「じゃ、俺戻りますね」

武田の手から体温が離れた。
失礼しますと澤村が一礼して出ていく。ああ、また後でねと手を振り見送る。

タンと扉の閉まる音がする。たっぷり時間をかけて武田は机に向き直った。


僕は今一体なにを考えた。


動揺を悟られなかっただろうか。そもそも動揺ってなんだ。動揺してたのか、僕は。
年端もいかないましてや男の生徒に触れられて、何故か本能的にまずいと思ってしまった。

だって、先ほどのあれは一生徒が教師に対して教えようとする、そういった単純なものには感じなかった。
澤村の手は、武田の手を、腕を、その肉付きを確かめるようにやわやわと優しく包んだ。
その澤村の手つきに違和感を覚えたのだ。
とは言え澤村自身は何てことなさそうに顔色ひとつ変えず、普段通りの口調で話すものだから、違和感を覚えた自分の方がおかしい気がして平静を装ったのだ。

澤村の本心は知りようがないが、武田の心中には一滴の水滴から生まれた波紋のように、じわじわと不安が押し寄せていた。

まずいと思ってしまった。もうそれが間違いだったのだ。
気のせいや勘違いだとなかったことにしたところで、心の奥の奥では今日のことが引っかかり、ふとした瞬間に顔を覗かせるだろう。

なんてことだ。澤村は生徒で同性だ。それなのに。

自分に好意を寄せてるのかもしれない。

武田の背中をヒヤリと汗が伝う。
目を閉じると先ほどの光景が生々しくフラッシュバックされ、耳の奥では鼓動が警戒音のごとく早鐘を打ち続けている。




もう意識せずにはいられなかった。






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武田先生は鈍感そうだけどあえて気づいちゃうのが書きたかった







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