それはまるでスローモーションのようだった。
山口は気づいていなかった。けれどそれを誰が咎められただろう。それは果たして罪なことなのだろうか。 当の月島も、やはりわかっていなかったのだから。 なんとなく兆しがあったのは今月に入ってから。別段何に対してもどうでもいい、自分からあえて知ろうとは思わない。 そんな月島のことをよく知っているつもりでいた山口は、だからほんのわずかな違和感に平常の月島ではないなということを感じてはいたのだ。 それをとりたててどうこう話題にするほどではない。そうひとりで自己完結して、一度目に入ったはずの綻びをそのままにしてしまったのも、紛れも無い事実。
その綻びが、まさかここまで絡まり拗れていこうとは、当時の誰も想像できなかっただろう。
山口には月島に対して秘めたる想いがあった。それがまた自分自身の目を曇らせて真の姿を霞に追いやってしまっていたとは、実に皮肉である。 彼にはこの想いを口にする気は毛頭なく、今まで通り友として隣にいることを望んだ。それで十分すぎるくらい幸せで、満たされていたのだからたとえこの先変わろうとも、少なくとも今はそれでよかったのだ。
その、態度が拍車をかけることになろうとは。
さすがにもう遅いが山口は後悔した。 なぜあの時ひとことでも声をかけなかったのか。自分のそれまでの態度は本当に友人に対するそれであったのか。 自信はなかった。心の奥で思っている願望が消えることはなく、あわよくばといつでも顔を覗かせようとしていたことも、また見ないふりをしていただけの自分も知っていた。やっかいな感情を抱いたものだ。それはいつから?また、彼は、いつから… 考えても仕方ないが何かを考えていないと自我が保てないかもしれないと全身で危機感を感じていた。 なしくずしでここで流されては駄目だと、頭では理解している。それが、今までの山口と月島の、二人の積み重ねてきた日々が一瞬で崩れてしまうものであると十分にわかっているから、余計に。
えもいわれぬ高揚感、背徳感に身震いする。 なんでこんなことになったんだっけ?山口は今にも飛びそうな意識をなんとか保ち両腕をわずかに動かしてはその束縛感に現実を思い出す。昼間から締め切っていたカーテンの外はもう真っ暗だ。 大切な友人に欲情している自分に辟易する。が、それを上回って本能はもっとと、催促を続ける。
それはまるでスローモーションのようだった。
ここにいるのは誰だ?月島ははじめから躊躇なんてしなかった。もう、ずっと前からそうと決めていたのだろう。 めんどくさそうに上着を脱ぎ捨てるとそのまま山口に覆いかぶさった。その表情から何かを読み取ろうとしたが無意味だった。 感じるのは劣情。それ以外はわからない。 邪魔だなぁと呟いて乱暴にカッターシャツを脱がされる。何個かボタンが飛ぶのを山口はただ見ていた。
眼鏡をはずす。 その目には俺はいったいどう映っているのだろう。
「ツッキー…?」 「ああ、山口酷い顔してるね。顔洗ってくる?あ、そうか動けないんだったっけ。まあいいやどうせぐちゃぐちゃになるんだしね。そしたら一緒に風呂でも入ろうか。隅々まで洗ってやるよ。ん?どうした?わかんない?何がわかんない?僕はわかってたよ山口、そんなの今更だろう。もういいだろ、どうだって。おんなじなんだから。結局、そういうことだろ?散々待ったよな、それだけで十分じゃない。僕は、もう、待てない。」
スプリングが弾んでシーツの波がざわめく。それが合図であったかのように傍らに置かれていたペットボトルが音もなく床に落ちていく。
それはま る で
END.
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お題:鋭い暴走
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