memo | ナノ


見上げた顔は唇の端を上げて歪んだ様に笑う。
なんだろうな。あんなに憎くてたまらなくて一時は殺したいと思っていたその顔を前にして、今の俺はこんなにも冷静だ。

罵詈雑言が降ってこようが暴力を受けようが、あの日から俺の中のこいつに対する感情のブレーキペダルは踏み込みすぎて壊れてしまったらしい。
なかなかやっかいなことになったなとどこか人事のように思う。

「はいはい、なんだ?遊んで欲しいのか?」
「は?寝言は寝て言えよ。いいから黙ってケツだせ」
「またそういう!!!駄目だっつってんだろ何回言えばわかんだよ!!」
「んだよカルシウムとれよ。すぐギャーギャー喚きやがって。挨拶みてぇなもんだろが」
「……」

挨拶でケツ掘られてたらたまったもんじゃないです。 軽くため息を吐いてニヤニヤとこちらを見ている斎木を伺う。

洵が言った。最近旬が楽しそうだと。
そしてそれは俺のおかげだとお礼を言った。
俺としてはこちらの話はちっとも聞かねぇしむしろ反発してくるし、全然響いてる気はしなかった。お礼を言われるようなことは何一つしちゃいない。むしろあいつが嫌がることばっかしてる気さえする。

それでも、この方針を変える気は毛頭無い。
嫌われたって何だっていい。
俺はそこからお前を連れ出したいだけなんだ。


ぐっと下半身に力を入れて上体を起こす。 馬乗りされていてもやはり子どもの体重は軽い。
期せずして向かい合う形になる。
一瞬でも目を見開くとかすれば可愛いげがあるものを。
変わらず上機嫌に笑みを称えながら小さな手が伸びてきて襟元を捕まれる。

「なんだ紺野、お猿さんでも学習するもんだなぁ、あ?」

そのまま引っ張られて唇が奪われる。
いや、は?学習能力むしろ無ぇだろこれ、俺あほか!!!

したいことができて満足ですと言わんばかりに斎木が目を細める。
やられた。

「てめぇとした約束はきっちり守ってやる。約束はな。」

それ以外は知らねぇがな。そう聞こえてきそうな極悪人面でニィッと笑う斎木を恨めしそうに見つめる。

いいぜ、そっちがその気ならこっちだって一歩も引かない。
腐りきったその中じゃ何がいいのか悪いのかどれが正しく間違いなのか、暗くて右も左もわかんねぇだろ。

だったら俺が教えてやる。
拒否られようが何度だって。出てこいよ斎木。気づいてねぇかもしんねぇけど出口はすぐ側にあるんだ。
俺が連れ出してやるから、一緒に見よう。
ほら、世界はこんなにも明るい。

「約束事は増えるもんだぜ、全部守れよ」
「ハッ!んな屁理屈を認めた覚えはねぇよ。やれるもんならやってみろ。俺はそう簡単に首を縦には振んねぇぞ」
「望むところ」

誰かが導いてやんなきゃいけねぇ。
そしてそれは俺でありたい。

「子どもをしつけんのは大人の役目だからな」
「またそれか、言ってろ」

俺の諦めが悪いことをよく知っている斎木は機嫌がいいこともあってか特に噛みついてこず、めんどくさそうにそう言い放つ。


そんな姿がなんだか年相応に見えて、俺は喉を鳴らして笑ったんだ。






END.



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お題:幼い洞窟

即興SSで時間切れで未完になったものを仕上げました。
時間あるといろいろ考えられていいですね。








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