夢のおはなし


「おれさま、死んだらさ、空気になりたいんだ。」
そうあまりにも唐突で、尚且つ消えそうな声量で言われたものだから、思わず、嗚呼そうか、と喉へと通る茶なんかと同じく流そうとしてしまった。
しかし、流すことはできなかった。
できるはずがない。
佐助というのは、今しゃべりだした忍の名なのだが、その佐助が、いつもの仮面を、ヘラリとした仮初めをかぶってはいなかったからだ。
泣き出しそうだった。
いまにも震えだした橙の睫毛が、涙を流すことを許しそうにしている。だけど、やはり許さない。彼が己の前で泣くハズはないからだ。

「なぜ‥‥」

どうしてそういうのだ、と音を唇から出そうとした矢先、はっと、息を出したような笑い音が小さく響く。佐助は、苦く苦く唇を弧でえがいていた。

「ごめんなさいね、そんな変な事言って。別に困らそうとかいう魂胆じゃあないんだ。」
だから、きにしなさんな、と笑う、彼が。
今にも、消えてしまうような気がして。


(嗚呼、何故、そんな、そんな)
そんな悲しい笑い方をするのだろうか、


消えてしまうような気がして、


伸ばした手は、橙の頭を優しく後ろで支え、引き寄せ抱きしめてみた。
細かく震えてはいた。だめだよ、という声も聞こえたが、聞こえないふりをした。
そうするしかないと思ったからだ。
聞こえて離せば、消えて、しまう
消えて、しまうから

「‥‥そうしたら、おまえにふれられない」

どうやら、消えてしまいそうになっているのは、彼だけではないらしくて。
どうやら己の声も小さく活気消えているらしい。笑えた。

「それでいいんだよ。」

小さく彼は答える。
それでいい、だなんて、よくいえたものだ。
彼は気がついてないのだろうか。己が、彼を好いている事に。
気がつかないふりをしているのだろうか。

「そうしたら、おまえが見えなくなる」

「それで、いいんだ。」

そういって笑った彼は、酷く綺麗で、

後悔した。

彼を好きになってしまった事を。
じゃなければ、きっと、こんなに苦しくならない死にたくはならない。

結ばれないことくらい、知ってはいるが、こんなにつらいことはない。


己は彼の事が好きだがそれを隠す。
彼もまた同じくその想いを隠す。
お互いに気がつかないふりをして、
蓋をして、嗚呼そして
一生が終わるのだ。






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