!ちょっと血表現注意?













どちらかといえば、歌うのは上手なほうではなかった。だからといってあまり下手ではない。言うならば、普通、そう、ごく普通くらいだった。
歌うのは別に好きではなく、彼自身あまり歌う機会がなかった。静かに行動する仕事故に、鼻歌でさえあまりない。
ただし、子守唄ならば別だった。
それは主がまだ幼い頃、寝れないのだ、と言って彼を夜中から呼び出したのが事の始まりだった。
しょうがないですねぇ、と彼は言うと、主である少年を布団の中に入れ、胸をリズムにあわせながら小さく叩き、歌を静かに歌った。テンポが緩やかな、子守唄だ。
彼自身、この唄をいつ覚えたのかしらないし、唄が合ってるかさえ不安だったが、少年がうとうと、と眠りにつこうとする姿をみれば、自信をもちながら歌うことに専念した。
眠る直前、少年は言った。
おまえの歌声は、きれいで、弁はすきだ。よくねむくなってきたぞ、なんて綺麗な笑顔で。
それから何回も夜中に呼ばれ、何回も子守唄を歌うたびに少年は同じ事を何回も彼にそう言った。
少年が成長するにつれて、それはなくなり、彼はその事をもう忘れてしまっていたが、たしかに少年は眠るときにその歌を聴けばよく眠れる事を覚えている。
だからこそ、願ったのだ。
あの日から青年へと成長した主は彼にこう言った。

「歌を歌ってくれ、佐助」

そう小さく言うなり彼を見上げれば、眉をひそめ今にも泣きそうな彼が、何言ってんだよ、なんて弱々しく呟く。
「今、どんな状況かわかってんのか、あんた、」
「ああ、わかっておる。だからこそ、なんだ」
「ばかじゃ、ねぇの...」
ばかだろ、ほんっとあんたばか、と言いながら、ついには泣き出した彼の、真っ白い頬へとゆっくり手をのばし、触れた。
涙を拭おうとしたのだ。だけれど残念なことに拭おうとした手は自身の血で濡れており、余計に彼の頬を汚した。
すまぬ、と言いながら頬から手を離そうとゆっくり動かせば、彼がぎしり、とその手を握りしめ、また頬にべたりとつけた。
「たのむから、死なないでくれよ...っ!あんたが死んだら、おれは、おれはどうすればいいのさ...!」
そう彼がいえば、主は眉をひそめ、「すまないんだ...」と小さく呟くしかなかった。
「もう、きっと俺は無理なのだろう。足が動かぬ。身体を起こせぬ。腕が重い。上手く話せない。愛おしいおまえが、霞んで見える...」
たどたどしい声でそういえば、目を細めながら、まだ大人ではない主は、彼へと静かに言った。
「おまえが、俺の最後を見てくれ。永遠の眠りを、おまえが、寝かしつけてくれないか、」
すると、案の定彼は眉を八の字にしたれ下げて、口をきゅ、と噛み締め、今にも泣きそうな、しかしながら涙はもう出ていたが、そんな表情を作りながら、主をみつめた。
「あんた、残酷なこというんだね、」
彼は言った。ぽろぽろ涙が流れ、頬につけられた血と混ざり、濁った滴が主の額あてにへと落ちていく。赤い額あてがじわりじわりと染みを作っていった。
「好きな人を永遠に眠らせろっていうの?冗談じゃないぜ、だんな」
それだけ訴えようが、主は微笑んでいた。彼はそれを見れば困った顔を作る。主のこの笑みは、厄介なのだ。決めた考えを曲げない時の、笑い方だった。
「さすけ...」
そう言って主は彼の頭をゆっくりとなでた。最後の願いだ、と呟く。
「歌ってくれないか、さすけ..」
そう言って、ふにゃりと力なく微笑むものだからもう彼は歌うしかなかった。
歌うしかなかったのだ。
主の願いは彼にとっては絶対で、それが全てだったからだ。
彼は子守唄など一つしか知らなかった。だから、幼い頃歌っていた、あのテンポが緩やかな歌をゆっくり思い出しながら、涙を殺し、歌った。
その時に、頭を撫でていた主の手が移動し、歌う彼の手を力なく握り、自身の胸まで移動させてきた。
だからもう彼は泣きながら歌った。懐かしかった。そうだ、そうだった、と思い出す。主が幼い時、歌っている際胸を優しく叩かないでいれば、いつも少年であった主は寝ぼけながらもこうして己の手を小さな手で胸まで移動させてきたのだ。叩け、と言うように。
彼は叩いた。歌のリズムに合わせながら、優しく、ゆっくりと。あの頃とは違い、逞しい筋肉が手のひらで感じとれた。小さくなりつつある、心臓の鼓動さえも。
歌う声が、情けないほどに震えていることに、彼は気がついた。ごめんね、ねむれないよな、なんて心で思いながら、それでも必死に、涙は流れたままに、彼は歌う。
主の鼓動は、ゆっくりとなって、いまにも止まりそうな音だった。
とまるな、とまってくれるな、ねむらないで、眠らないでくれ。
おかしなはなしだった。子守唄なんて、眠れない子供を寝かしつけるためにあるはずなのに、歌う彼は眠るななど思う。
それなら、歌わなければいい話なのだが、それができたら彼は必死になって歌い続けてはいない。彼はもう悟っていた。主はもう、長くはないのだ。
願いを聞いてあげたかった。

「おまえの歌声は、」

もう目を開く力すら残ってないはずの主が、きっと最後になるだろう言葉を、歌う彼へ小さく告げる。
彼は歌う事をやめず、発する音を小さくしながら、主の言葉に耳を傾けた。

「おまえの歌声は、きれいで、俺は、すきだ。」

そう言いながら、安らかな微笑みを、見えない彼へと捧げた。

「よくねむくなってきた。ありがとうな、ありがとう、さすけ....」

それは昔に何回も聞いた、歌った時に言ってくれた言葉で。唇が震え上手く歌いきれない彼に、主はこれが最後なんていうかのように、今までは言わなかった、言葉を彼にうたった。

「好いて、おる」

それ以上言わなかった。
それ以外言わなかった。
しかし、それだけでも充分すぎた。


「ぁああああああああ!」


ついに彼は歌うのを止め、まだ息をしているが、ぴくりとも動かない主人の身体へとすがりついた。
たまらなくなったからだ。
彼は泣き叫びつづけ、声が枯れようがそれを止めようとはしなかった。
まるで唄のように。
それは荒れ果てた戦場後の大地でこだました。
眠らないでくれ、というかのごとく。










この子守唄
聴こえなくなれば、

(あんたはまた隣で笑いつづけてくれますか?)















.
実はまだ死んでないので死ねたじゃなかったりする^^
ご想像にお任せしまする。じつは助かって「もうばか!ぜったい一生もう歌ってやらないんだからな!」
「な、何故ださすけぇえ!?」
とかなったら俺得(ぶちこわしすいません)
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -