!死ねた




鳥が鳴いたような気がした。
いつも奴を手助けしていた鳥だった。
その鳥は羽を落ち着かないようばたつかせ、何か必死に伝えようとしているように幸村には見えた。
幸村はそれを無視する事を決め込んだ。
どうやら鳥は今、己の大切な者が消えた事を言いたいらしい。
幸村が受け入れるはずがなかった。

幸村は視線を鳥から外し、己の膝の上にゆっくりと向けた。
なんとも不格好な絵であった。
幸村が正座し座っている場所は今さっきまで殺し合いが行われていた、焼け野原。
すぐ横には死体が重ねられていたり、無造作に転がっていたりしていた。
幸村はそのあまり綺麗とは言えない場所で綺麗に正座を作りながら座り、頭の上では鳥が鳴き暴れ、膝には顔を赤い血で染めている、瞳を固く閉じた男が静かに眠っていた。
幸村はその男の顔をまじまじと見る。
何年も、何回も、何があっても。

常に己が振り向けば見れた顔だった。

いつも、振り向いて大声でその男の名を呼べば、ヘラヘラと軽い笑顔を向けながら駆けつけてくれた。
時には怒りを表した表情をしている時もあった。常に一歩後ろに退き、物事を冷静に考える男は幸村を正しき道に導く事に必死だったのかもしれない。
その男は困ったように笑ったりもした。凄く冷たい顔も持っている。戦の時は常にそうだった気がする。そうだ。そしてその裏で苦しげな顔もその男は作るのだ。


そんな男は今、どんな表情をしているのだろうか。幸村は視線をきちんとその男に向けてるはずなのに男の表情が上手く分からなかった。


カァ、と大きく鳥が鳴く。
幸村がそれに気を留める事はもう無かった。静かに幸村は息を吐きだし、ゆっくりと手を動かす。
男の少々大きめの、顔の輪郭を覆ってあった忍の防具の鉄板を外し、幸村はそっとそれを地面に置いた。
触れた事がなかった綺麗な色の髪に触れる。所々血で濡れてガサガサしていたが構わず幸村は手を止めなかった。
「なぁ聞いてくれ。先ほどな、俺は敵の大将を討ち取ったのだ。つまりはだな、これでやっと親方様が天下を手にすることができたのだ。これでやっと、戦が終わる。否、もうこれで終わったのだ。見よ、この戦後の焼け野原を。この苦しき悲しい出来事はここでもう終わるのだ。俺はこの場面、時、景色を絶対に忘れない事を誓おうぞ。もう繰り返してはならぬ戦を、繰り返さないためにな。そこで息絶えておる者達、味方も、敵方も、俺は皆の顔を覚えておこう。彼ら達の熱き魂が、ここに存在していたと、表すためにな。」


幸村は静かに、ゆっくりと男に話しかけていた。男は瞼を開かない。


「だがな...だがな、佐助。」


幸村は男を佐助と呼んだ。
男の名は猿飛佐助だった。
だが男はそれに応えない。
いつも作った軽々しい笑顔も作らない。


「お前の顔は、覚えてやらぬ」


幸村は佐助の髪から手を下へとずらし、彼の血だらけな頬を包んだ。血をゆっくりと拭っていく。


「聞いておるか、佐助。俺は、お前の顔も、仕草も、声も、全部全部覚えてやらぬ。覚えてやらぬぞ佐助。」


手を止める。そして今度はぺちぺちと頬を叩いた。


「理由を、理由を教えてやろう佐助。お前はずっと俺の側に居ろ、佐助。俺が覚える手間などいらぬようにお前は常に俺の後ろにいろ。名を呼べば笑え。俺が弱い時は叱れ。馬鹿馬鹿しく思うたのなら呆れろ。表情を変えよ。俺と共にいろ。休みはやらぬ。戦が終わっても俺はお前をずっと雇うのだと昔から決めておったのだ。佐助、起きろ。休みはやらぬと言っただろう。佐助。佐助。笑え。なぁ佐助。」


痛いからやめてくれよ旦那ァ。
その言葉は、声は、どんなに耳をすませても聞こえなかった。

聞こえてきたのは鳥の鳴き声。

幸村は膝の上で眠ている佐助を見た。
佐助がどんな表情をしているのか
幸村には上手くわからなかった。
「佐助、お前らしくない。らしくないぞ。らしくない。らしく、ない」


一つの、寝ているような死体にぽつりと幸村は呟いた。

佐助の表情が上手くわからなかった。

己の見える世界が滲んで視点が合わなかったからだ。




そして飛び去っていった彼はもう戻らない




鳥が鳴いたような気がした。

だが、泣いたのは紛れもなく
たった一人だけそこに生きた男だった。


鳥はどこかへ飛んで行った。
そしてあの男は己を置き去りにして


(どこかへ飛んで、逝った)











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どぁぁぁぁぁ!
と、途中から折れちまった...ぜ←
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