!死ねた
!佐助最初っから死んでます


















長が死にました。
忍の誰かがそう言った。
己の頭が一時停止し、動き出してもなお、その言葉を受け入れようとはしなかった。

「何を申して...さ、真田隊の長が誰か、お主は知っ」
「猿飛佐助、でございます幸村様」

何を馬鹿な、馬鹿な事を。
そう呟く小さな声は、自分の声なのかと疑うくらい震えているような気がした。

「ならば死ぬ筈がない。お主、気はたしかなのか!?」
己は失礼極まりない事を発言してしまった、と頭によぎったものの、それに捕らわれる余裕が己には少しも無かった。

「幸村様、これをご覧下さい」
そう言って忍が見せたのは、赤い布。


その布は、元々赤色では無かった。


赤の下は、深い緑が眠ってた。



「長の忍服の布の一部、でございます。確認の為出向いた部下が長の死体を見つけ、これを持ち帰ったまでです。」

恐る恐るそれにへと指先を伸ばす。
ザラリ、とした感触は、やはりいつも佐助がまとっていた物で。触れた瞬間に、いつもその感触の下にあった、筋肉と骨しかない男の肩の存在がそこにはないと気がついた。己はそこでやっと、常に己の後ろに居て、長年付き添ってきた、兄のような、父のような、母のような、大切な、きっとこの世の中どこを探しても換えが見つからない、そんな部下を失ったのだと思い知った。

驚きと、悲しみで、普通ならば瞳から出てくる筈のあの滴は、いつまでたっても頬を濡らす事はなかった。
どうやらその死を頭の中で思い知っても、己自身は受け入れてはないらしい。

泣けぬとは、己が憎い。
今まで一緒に居た、むしろ居なかった日が少なかったぐらい一緒に居たのにもかかわらず、だ。
この現状を奴が見たらどう思うだろうか。
嗚呼、アイツなら「えー少しは悲しんでよ〜俺様泣いちゃうんだから!」と冗談に笑いを混じらして簡単に言ってのけるだろう。アイツはそんな奴だ。そんな奴だった。「....死体はどうしたか?」

「...見つけた部下数人の手で火葬したようです。」

「何故死体を持って帰らなかった?」

「忍ですから。」

そう淡々と述べる忍を見て、悲しい気持ちになった。
忍の運命とは悲しきものだ、と呟く。

「命令だ。これからは例え忍だろうが死んだ者はきちんとこちらへ帰り火葬し供養させる。よいな?」

御意、と忍は呟いた。
忍はこんなにも堅苦しいものなのか、と疑問と、いつも居た忍が忍らしくなかっただけかと答えが己の頭の中で現れた。
居て当たり前の者が恋しくなった。
それはもう、いないらしい。
今更になって寂しさで押しつぶされそうになった。












「幸村様、もう一つ宜しいですか」
忍は地面につけていた片膝を離して立ち上がり際に言った。

「長は、自らの任務が最後の任務になるかもしれない、と薄々自分で感じていたようで。」

「.....どういう事だ?」





「長の部屋にある机の上に、貴方宛ての手紙が置かれてました。」





衝撃が激しかった。
稲妻が、頭の上から落ちてきたような気がした。
血がどくどくと尋常ではない速さで体中を駆け巡る。


それは、きっと。
アイツが自分に宛てた、最後の言葉。


「それは!今どこにあるのだ!!??」

「今も変わらず机の上かと」



やんわり答える忍に苛立ちを覚えたほど己は必死になっていて、それは自身でも驚いた。

そして礼を言うのも忘れて、己は走りだす。目指す先は薄暗い倉の部屋とは言えない部屋。そして求めるものはそこにあるはずの言葉、だ。

全力で全力で床を蹴る。
床が軋み板が剥がれてしまっても振り向かずに走った。
邪魔と感じ六文銭を首から外しどこかに投げ捨てた。
六文銭は己にとって覚悟であり、大切なものであったが、今はどうでもいいと感じることができた。
それよりも大切な者の言葉が、今の己には優先だった。
ただ走る。走って走って走る。
いつもは軽いと思っていたはずの己の脚が、今はかなり遅く感じた。
ああもどかしい!!
きっとアイツならもっと速く走れるだろうな、と走る彼を思い出す。





(嗚呼佐助、)



(お前は馬鹿だろう)





(知っていたのであれば別れぐらい主人に言うものが礼儀だろう)



(なぁ佐助)




(俺は、)




(俺は、お前にとって)





(お前にとって、俺は、いい主であったか...?)





スパン、と部屋の扉を開けた。
アイツの手のような冷や冷やとした空気が己の首にひんやりとあたった。
静かに机へと向かう。

あった。

そこに、あの忍が言ったようにあったのだ。アイツからの手紙が。


震える手でそれを手に取る。
丁寧に封をしてあった。そこはアイツらしくないが、『お給料くれない旦那様へ』と書かれた文はアイツらしいと素直に思った。


丁寧に開けるのですらもどかしく感じ、急いで封を破り中身を取り出す。
中身はたったの一通。
それでも落胆はしなかった。早く最後にくれたアイツからの声が見たかったからだ。
緊張で上手く指が動かせなかった。息もあまりできなかった。汗が尋常じゃなかった。走ったせいもあったが。
深呼吸をし、己は震えながら折り畳まれた紙をゆっくりと広げた。
目を見開きながら文字を凝視した。

















『旦那へ。
おやつの団子は
旦那の机にあるからね。
あ、大丈夫。
ちゃんとみたらしだから。
佐助』



















嗚呼、馬鹿者。
どこが大丈夫なんだ
少しも大丈夫なとこなどありもしないではないか馬鹿者。

己は知っている。

佐助、馬鹿にするなよ。
覚えてないとでも思ったか
馬鹿忍。

忍らしくない忍の言葉を己は思い出す。
















(俺様自分の本当の気持ちは絶対人には言わない主義なんだよねー)


















「真に...最後まで素直ではないのだから」


己はそう呟きながら、素直ではない言葉の上にある沢山の墨のシミを指先でさらりとなぞる。


そして己はそこで初めて涙した。






(人を殺める術を教えてくれたのは知らない忍の誰かでした。そして俺の幸せと大切な存在を教えてくれたのは幼い貴方でした。俺はどちらにも感謝します。大切な存在である貴方を守るために戦えるからです。だからどうか旦那、幼いあの時の眩しい笑顔で笑ってくださいな。死に逝く俺が、後悔できないようなあの笑顔で。)





読めない言葉がそこにはあった。
そのシミの上に落ちるのは己の涙で。
じわじわと黒色が繁殖していく。
さっと涙を拭い、言葉を己の手できゅっと握りしめた。



さぁ、とびきりおいしい団子を食べよう。
そのおいしい団子はきっとみたらし味であの懐かしい味なのだ。
勝る団子は他にきっとない。







己は子供に戻ったようにめいいっぱいの笑顔で自分の部屋へ向かった。







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