現ぱろはなし | ナノ







俺には、昔から欲しいものがあって、それは世の中でいう、愛情というものであり、しかし母親からはそれを得る事ができなかった。
寂しくなかったといえば嘘になる。寂しかった。それでも耐えることができたのは、いつも常に守ってくれる存在がいたからだ。欠損している右目のかわり。いやそんなガラス玉よりも大事にする価値は充分である。俺は、それを失う怖さをまだ知らないが、もちろんそれを避けたいに決まっている。避けるためならばなんでもするだろう。
もし、それが失われたならば、どれだけの失望が己を責め立てるであろうか。想像できるできないの問題ではない。考えたくもない。
しかしそんなはなしは、もちろん己だけではないだろう。

つまりはそういうことだったのだ。

俺は、一つの嘘を男についた。
男は疑うことをしない。
そしてそれは二度と真実を語らないだろう。それでいい。それでいいんだ。
嘘は真実を秘密にする。
そう決めて進んだのは俺の意志ではない。その男でもない。
その意志を決め込み、そして俺に押し付けてきたあいつは、どれだけあの男を愛していたのだろう。

この嘘は、愛の意味すら知らないあいつの、せめてもの不器用な愛情なのだ。
ならば、それがきっと壊れることは無いに等しいだろう。

なぜなら、俺がそれを死んでも守ると誓ったからだ。
嘘が崩れることは、無い。
















町を歩くのは好きな方ではあった。この町の民すべて、いま自分が守るべき存在なのだと再認識したときに見る、その何気ない笑顔一つ一つが好きだったからだ。だからできるかぎり、町には出るようにしていた。
だいたいいつもは小十郎(自分の家族同然な家臣である)がついているのだが、この時ばかりは城を抜け出したこともあり、一人であった。仕事をちょっとだけ投げ出してきたのである。

そこでぴたりと足を止めた。町に少しだけではあるが、不似合いな匂いが流れていた。己はそれを知っている。血と火薬、嗚呼、何月ぶりだろうかこの匂い。間違いない、戦の匂いである。
その匂いを辿れば、一つ視線を上げる。林だ。俺は一つしかない目をきゅ、ときつく細めた。
人気のない、無数にそびえたつ木々の世界。そこに感じたのは、小さな生気である。どうやら屍ではないらしい。
ひそんでいるつもりならば、忍であろうか。にしては違和感があった。忍にしては気配がありすぎるのだ。もしかすると、と一つの考えが脳裏を掠めた。

「随分、怪我を負ってるみたいじゃねぇか。‥‥でてこい、どこの馬だ。」
ちりっ、と腰におさめた一本の刀柄を手のひらでゆっくりと握る。足を慎重に進めた。
どうやら近いらしく、荒い息の音が聞こえた。刀をゆっくり抜いた。
一歩、また一歩と進めていた足が、無意識にピタリと止まった。意識して止めたわけではなく、自然に止めた。進めることなど、できなかった。
林の中から、ずる、と人影が遅い行動を働かせながら出てきた。
想像以上にそいつは傷が深く、足は引きずり、寧ろ歩ける事すら困難そうなのだが、この際驚いたのはその事ではない。

「嘘だろ‥‥おまえ、」

そいつの目は虚ろで、俺を見ているのかどうかさえ、定かではなかった。
しかし、そいつはゆっくりと血でよごれた唇を動かしては音を作った。

「独眼、りゅう」

音がすべて空気にのって流れたと同時に、やつはふらついた。俺は急いで近づきそれを受け止める。そいつは瞳を閉じて意識を無くしていた。
首を触れば、まだ小さくどくり、どくり、と音が聞こえる。死んではない。安堵の息がでた。
俺は迷うことなく、それを抱き上げた。城へと運ぶことを決め込んだからだ。
触れる緑は、そいつの淡い髪の色に不釣り合いで、違和感に眉をひそめる。
足を、やつの体に響かぬ程度に早めた。







武田の敗北、武田信玄の死は随分前に報告が来ていた故に知らないわけがない。
そしてその報告の中に、真田の死もまたあった。それを己が聞き逃すはずがなかった。ライバルという存在で、お互いに認め合っては張り合う仲だったからだ。
信じられないが、結局のところそれを信じるしかなかった。折れた二本の槍が、戦場に残っているのをこの目でみたからだ。

だから、そう、この男は死んでいると思っていた。そっと顔を覗けば、消えかかったペイントがかすかながら頬と鼻上に走っているのが見える。それもまた長い睫毛の色と不釣り合いで、違和感がいっそう生まれまた眉をひそめた。
がしゃん、と下げてある大きな手裏剣が揺れる。うっと惜しい、と思った。


聞きたい事が沢山ある。この血だらけで似合わない格好とか、戦や、とにかく、いろいろ。
急いだ。城はもう直ぐである。

抱きかかえたその体は、小さく骨を軋ませていた。たまらず、俺は走りながらそれを力強く抱きしめていた。




嘘のはじまり。

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