現ぱろはなし | ナノ

!現ぱろ
!輪廻転生












まただ。幸村はいやな顔をしながら、無言で真っ正面の席に座ってきた青年を目にやった。
かなり露骨に表情を崩した筈なのに、その青年はやはり無言のままで手にしていたスケッチブックを広げ、濃さが濃いめである鉛筆を走らせた。
目線は、こちらへと向けられている。
ちらりちらりと見つめ、紙を見つめ、またこちらを見る。
描いているのは、間違いない、いつも通り自分なのだろう。
いつもこの間には言葉など一切ない。初めは、いきなりだったもので「なにをされてるのですか」と聞いてみたものの、返ってくる返事は無く、それが何回も続いたものだから、幸村は怒ってみたりしたのだけれど、やはり彼は無言のまま黙々と幸村を描く。
気持ち悪いと幸村はおもった。
毎日欠かさず、己が一人の時に現れ、隣に居座り、黙って黙々と了承も得ず己の絵を描くこの青年が。
一度逃げてみたりしたのだが、逃げた先に彼が先回りしていたりするものだから、もう恐ろしすぎて逃げるのはあきらめた。
行動パターンも知られているし、もうストーカーにでもあった気持ちになった。
しかし、それだけだから訴える事など出来やしなかった。
絵を描いて、終わればすぐに立ち去る。
悪意など感じなかったし、つけられる、なんて事など何一つなかった。
先ほど幸村は気持ち悪いと思ったと話したが、それ以上に幸村自身、彼の事を気になっていた。
彼は誰で、何故こう意味がない事をしているのか、と。
まぁ、知りたくとも知る術なんて自分には無いけれど。
なんて心の中でいつも呟いていた。

しかし事の始まりは友人の一言だった。












「幸ってさ、佐助と仲良くなったの?」
同じクラスの前田慶次から唐突にそう言われ、「さすけ?」と聞いたことない名を繰り返した。
「それって...誰の事?」
「え?いやだって...いつも二人で一緒にいるじゃんか!仲良くないの!?」
幸村は首を傾げるも、一つの思い当たる節を思い出した。だいたい幸村は慶次と行動するのだが、彼がいないところで、2人っきりの場所があるとすれば、そう、あの妙な橙の髪をもつ絵描きだ。

「あいつ、さすけっていうのか...」
「うっわまじで知らなかったの...?四組の猿飛佐助。知らない?」
有名だよ、なんて慶次がおどろけながら言うものだから、幸村は眉をひそめ、何故有名なんだ、と聞き返した。
「うん。すっごくユーモアな子だってよ?あとほら、あの子顔立ちいいじゃない?結構モテるんだってさー!あ、これ佐助と同じ中学のやつ情報ね」
幸村はそれを聞いて、かなり驚きが隠せなかった。何故なら、あの青年は根暗であろうと思い込んでいたからだ。一言もしゃべった事がなかったもので、だから彼が面白いだなんてそれこそ初めて知ったのである。知った、ではない。今そう聞いたがまだ信じられずに居た。彼が冗談をかもしだしている所なんて想像すらできない。

「おいおい、そんなに意外なのかい?」

どうやら顔に出ていたらしい。何を思っていたか感づいたらしい慶次は、幸村の手首を軽く引っ張れば、あまり己が詳しくない、自身のクラスと4つ離れたクラスの前までつれてきた。そして、何もいわずに、指を指す。
指してくれなくとも、幸村にはそれを見つける事ができたかもしれない。目立つのだ。明るい声と、橙色が。
そこには、先ほどまで会話に出てきていた、猿飛佐助がたしかに居た。
男女何人かの真ん中で、笑いながら、明るい声で冗談を言い、女子に軽く肩を叩かれている。

「な?けっこう元気者だろあの子」

慶次はそう言って、それっきりはなにもいわないで、数分すればその場から居なくなった。

幸村は、そこから一歩も動かない。動けないのだ。

吐き気がした。何かが頭の中でぐるり、と暴れて、今にも倒れそうであった。

「うぅ....っ」

それは、怒り。
または、嫉妬。
なぜか、彼には自分しかいないと思っていたからかもしれない。
彼にとって唯一のものが自分なのだと、根拠などこれっぽっちもないくせに、思っていた。
もしくは、有り得ないと思ったが、それは自身の願望だったのかもしれない。

(...俺が、望んでいた?)

なぜ、と疑問が生まれる。
彼は全く知らない、赤の他人だったはずなのに。
いつの間にか、その淡い橙は、静かにゆっくりと己の中で溶け込み、染み込んでいた。
そして、それを自分は“自分だけのもの”に、彼にとって自分が“たった一つの存在”になるように、望んでいた。望んで、いる。

「あ、」

気がつけば、目がばちり、と合っていた。
“佐助”は、驚いたようにこちらを見つめていた。やがて、ふわり、と、
笑った。
その笑い方は独特だった。
今にも、泣きそうな、あるいは困ったように、眉を垂れ下げ、優しく笑っていた。
何かが、鳴る。
どく、どく、どく、と。
少しして、嗚呼、これは心臓の音なのだと気がつく。
心臓が震えてるのだ。怯えているのかもしれない。妙に、その笑顔が怖かった。
酷く懐かしかったからだ。

例えば、生まれてくる前に見ていた母親の腹の中のような、そんな覚えこそはないが、確かに見たはずの光景を、懐かしいと思うような。
酷く、懐かしいのだ。
「やめてくれ」
小さく呟き、幸村は駆け出した。
やめてくれ。
何をどう止めろだなんて自身ですらわからない。
だけども何故か。


あの表情は、嫌だった。














放課後、帰る支度をしている時だった。
がたん、と音がし、振り向けば、すぐ隣の席に、スケッチブックを手に持った“佐助”が座っていた。
体が強張るのが分かる。心臓が鳴り響くのが、耳にも届く。
あの、表情が鮮明に蘇る。
“佐助”がスケッチブックに鉛筆を走らせようとした時だった。
幸村は、その左手を力強く握って止めた。
“佐助”はびっくりしたように、幸村を見上げる。無表情が、崩れた。
「もう、止めてくれないか、猿飛、さん」
喉がぎゅうぎゅうと酸素を求める。息がつまりそうだったが、言わなければ、心臓が潰れそうだった。
「俺は、きっとあなたと一生に居たら、なんだかとても、とても、死にたくなるんだ...」

それは、悲しく笑う、彼を見た時。
無性に幸村は何かを失う絶望、それも、まるで一番の希望を失われた絶望を、味わったようだった。
生きるために吸い込む酸素をこれほどまでに要らないと思ったのは初めてだった。
「だからもう、俺の前に、現れないでください。」
そう言えば、黙って聞いていた“佐助”が、ふっと自身の左手に絡みつく熱い手を、やんわりと冷たい右手で触った。
そして、もう一度、あの笑い方で笑って、初めての声で言った。

「旦那が望むなら。」

たったその一言。
言い切ったその声は綺麗で、そして確実に震えてた。
幸村が、はっと気がつけば、そこに“佐助”の姿がない。出ていったのだ。“佐助”が座っていた椅子が倒れているということは、走って飛び出したのかもしれない。
ふっと、一言呟いた、その瞬間の彼の表情を思い出す。
あれは、泣いて、いた。
いや、泣く手前であったに等しい。彼の綺麗な橙の下睫毛が、細かく震え、涙の粒を遮っていた。

「....あれで、いいんだ」

どうせ、名前すら知らなかった存在だったのだ。忘れていい。忘れていいのだ。


「本当にいいのかよ」


声が教室に突き刺さった。荒々しい、その声は、少し怒りと、じれったさが混じっていた。幸村は、はっとし、教室の後ろのドアに目を向ける。

「伊達先輩、」

伊達政宗は、幸村が所属する剣道部の部長だった。だから幸村は彼を知ってるし、彼だって幸村を知っている。お互いにライバルだと認めている仲でもある。

「追っかけなくてもいいのかって聞いてるんだ真田」

ぎらり、と光るそのたった一つの目は、確実に怒りが入り混じっていた。それと同時に、何故か、哀れんでいる。

「なぜ、俺が、彼を追いかけなければ、」
「Why...?Ha!てめぇは本当に何もわかっちゃいねぇ...No、覚えてねぇ、な」

スタスタ、と早足で歩いてくるなり、政宗は乱暴に幸村の胸ぐらを掴んで、引き寄せた。

「縛ったくせに、突き放すなんて、どういう了見だ。」
「縛った...?突き、放す...?」
「これを見ろ、」

そう言って、政宗が指差すのは、“佐助”が忘れていった、机の上に放置されたスケッチブック。

「あの男は、“どうしてお前ばかり書き続け”たんだ..?“何を書きたかった”んだ?」

幸村は、政宗から離れ、ゆっくりとその世界を捲る。予想通り、全てが幸村の顔だった。
そして、分かった。

「あの人は、俺の笑う顔が書きたかったんだ...」

全ての顔が、不満げに睨んだ顔だった。これを描いていた“佐助”はどのような思いで描いたのだろうか。いい思いをしてなかったのは、確かである。
そこで、政宗の手が伸びて、ページを次々と捲っていく。
途中から真っ白のページが続いていたのだが、ふっと、政宗の手が止まる。
最後のページだった。そこには、綺麗な世界が散りばめられていた。
桃色の花が、咲き誇る道、きっと、満開の桜の木である。
そこに、一人の青年らしき人が居た。
体を此方に向けている。
服装は、とても派手で、まるで、炎のような、赤い衣装を身につけている。

その青年には、表情がかかれてなかった。
輪郭だけが、かかれており、肌色ののっぺら顔の上には、何度もかき消されたような跡があって、嗚呼、描きたくても描けなかったのだ、と感じた。

「描きたかったんだ、」

違う。描きたかったのではない。
彼は、彼は、


「見たかったんだ...俺が、笑うのを、この、桜の....」


どくん、と。


心臓が大きく揺れ、血がぐるぐる回り、脳に流れていく。
その感覚が、鮮明に感じる事ができて、激しい目眩が視界を揺さぶる。
ぐわん、と歪んだ視界は、ほんの一瞬、白くなり、次の瞬間、瞼の裏に、あの色を映す。
橙色だ。
そうだ、自分は、この色が綺麗だと思っていた。触れたくて、愛おしかった。
幼い頃から、そう思っていた。
いつでも、そう思っていた。
嗚呼、そうだったんだ。
あの時確かに彼は、己の、愛おしい存在だったのだ。

「嗚呼...何故、こんなにも愛おしい存在を、忘れていたのだ...」

スケッチブックを震える腕で抱きしめる。涙が溢れて、その世界に落ちる。桃色が少しだけ滲んだ。

「...政宗殿、此度はお世話になり申した。失礼ながら、ここは急ぐ身。某、」
「あー!だから早く行けってんだこんの馬鹿!」

そう政宗は言うと、幸村の膝を蹴った。幸村は少し微笑み、走り出し、彼のもとに着くまで、一切止まらなかった。

伝えたかった事がある。
忘れてしまって居た、あの想いを思い出したんだ。
だから、どうか許してほしい。
約束で縛り付けてしまった事を。
そして、聞いてくれないか。
どうしても、伝えたかった想いなんだ。

佐助、
















「また咲いたねぇ、桜」
「嗚呼、綺麗だな...この世にはこんなに綺麗なものがあるから、どうも捨て切れぬのだ。...佐助、次の年も、その次の年も桜をまた見ような...」
「.....はは、うん。あー...そうだ、ね」
「....できれば、来世があるとしたら、その時も、また、」
「....ぷ、あはははは!何アンタ来世だなんて!そんなの信じてるの!?」
「な...!わ、笑うでないわ!」
「ま、そうさねー。じゃ、旦那は笑ってさ、桜の下で俺様を待っててよ。俺は、アンタが名を呼んでくれれば、駆けつけるから。笑ってれば、見つけてあげるからさ、」
「.....嗚呼、約束だ。どうか、いつでも俺を、見つけてくれ。俺はずっと、」

笑ってお前の帰りをずっと、待っておる。
だからお前が帰ってきたその時言わせてくれるか?

この、とめどなく溢れんばかりの、想いを。














「聞いてくれ!」
叫べば、後ろ姿がびくりと震えたのが見えた。彼が振り向く。
やはり、ここだと思ったのだ。
この、約束を交えた場所。

「俺は、お前に守られてばかりの男で、お前は精一杯守ってくれて、命を落としてまで守ってくれたのに、なんにも命運すら果たせぬままに朽ちていった、小さな男だったし、今の今まで、愛おしい全てを忘れてしまっていた、大馬鹿者なんだけども!」

ズカズカ、と彼の前へ、詰め寄って、スケッチブックを突き出す。
だけど、もう彼が受け取る前に、もどかしくなって、抱きしめたくなって、スケッチブックごと抱きしめた。
くぅ、と彼が苦しそうにないた。


「言いたい言葉を押し付けて、いいか?」

笑ってそういえば、目を見開いていた彼がボロボロと涙をこぼした。

「待ってるって、言ったくせに」
「すまぬ」
「どれだけ、俺様が苦しんだかと」
「すまぬ」
「今度俺様を忘れたら、絶対アンタがいる世界に帰ってこないんだからね、」
「それは、困る」

ぎゅうぎゅう、と抱きしめれば、苦しいよ、と彼は囁いた。
そんな彼へ、
確かに、笑って、呟いた。

400年間、しまい続け、それ故に忘れてしまっていたその想いを。








愛を風景に描く君。
(忘れないように、
胸の奥に描いておこう)














何が言いたいか自分が
一番分からないwww

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