現ぱろはなし | ナノ






負け戦だとはわかっていた。
それでも、旦那に最後までついてきたのは、旦那が、俺の全てだったからだ。
忍としてもそうだし、いやなによりも、恥ずかしながら、草の身のくせ、俺は旦那を慕っていた。つまりは、持ってはいけない感情を、彼に抱いていた。
駄目なのだと、気づいているが、しかし、この際だから、後悔なんてものは、しないことにした。
むしろ、これで良かったのだと思える。
もし俺が、彼をなんとも思ってなかったら、これほどまでに、忠誠心を持つことなんぞできたであろうか。
答えは、否、無理に違いない、で間違えがないだろう。
なにが言いたいかと言えば、つまり俺は、彼のためならばなんでもするし、そのためには、後などひかない。決して、ひかないのだ。


「ここまでだろう。俺の、命運も」


彼は真面目に小さくそう言った。その声に震えはない。恐れてはいないのだろう。自分の死など。俺も同じだからよくわかる。自分の死は、案外怖くないものだ。死ぬ瞬間とかはどうかわからないものだが、とりあえず怖くはない。彼が生きているかぎり、彼のためならばと思えてるかぎりの話ではあるが。
彼の言葉に、苦笑してあげた。

「えー、あんたらしくないよ大将。もうちょい踏ん張りなさいなって」
「言わずとも。最後まで、戦い抜くつもりではある。だが佐助、やはり、きっとこの戦で俺は死ぬだろう」

彼はふにゃりと笑う。その表情に驚いたのは、俺だけ。

「な、なによ‥」
「いやいや、怖いと思うてな」
「‥‥死ぬことが?」
「そうだ」
「‥意外。」
「そうか?」
「うん」

「お前が死ぬのは、耐えきれん。」

ほんっと、おばかさん。
俺様の事かよ、と怒りがじわりじわり出てきたが、とりあえずはおさめておくことにした。

「佐助、お前に伝えねばいけぬ言葉があるのだ。」
「聞かねーよおばかさん」
「‥‥‥そうか」

じゃあ、一つだけ、と彼は微笑みながら、こう静かに言った。

「お前の事だ。もしかしたら、生き残れるかもしれぬ。その時は、全て忘れてよい。縛られずに、今度は自由に生きろ。」
「うっわあ、大将ったら、おっとこまえ!」
「佐助、冗談ではないぞ、本気だ」
「いやいや、冗談だよ。真田の旦那」

距離を縮め、彼の頬へするり、と手を伸ばす。
そっと、顔を近づけた。
ぱきん、と手首を鳴らす。

「俺様が、あんたを忘れる?俺様だけ生き残る?ふふ、冗談がすぎるでしょ」
「冗談ではな」

拳を固め、彼の鳩尾に力いっぱい押し付けた。がっ、と可哀想な音で、彼が鳴く。どさり、と彼が倒れた。

「かっ‥‥は、」
「大丈夫?ごめんね、旦那って強いからさ、本気で殴ったけど‥まぁ、許してくれなくてもいいからさ。」
「なに‥‥え」
「‥‥忘れるのは、あんたのほうさ」

俺はそっと、倒れた旦那を覗きこむようにしゃがみこむ。
そっと、彼の瞳を掌で包んだ。
きっと、彼は闇しか見えていない。

「小さい頃、約束したよね。その術が、発動したときに、あんたは俺様を忘れる。」
「さ‥‥け」
「でも大丈夫。ねぇ知ってる?俺様は、ずいぶん前からずっと、あんたのものなんだ」
「う‥」
「だからね、体が死んでもね、あんたの中に存在するのさ」
「な‥‥か、」
「そう、俺様は、あんたになる。」
「さす‥けが」
「うん、よく聞いて。佐助はあんたなんだ。だから、佐助は生きる。あんたは佐助で、生きるんだ。」
「お‥は‥‥」

掌に力をゆっくりとこめた。案外簡単だったと心の中で笑う。俺様にかかれば、こんな禁術だなんて、お手の物。
かさり、と葉が風にあたる。
来たか。俺は、視線を右に鋭く送った。

「さぁ、もうおやすみ。最初にあった人に、この紙を渡してね。」

彼にそっと握らせたのは、汚い字でかかれた文で。それでも、きっと読めれはすると思う。文学などならったことない忍が見よう見まねで書いたのだ。これくらいは多めに見てやってほしい。
掌をどければ、彼は小さく寝息をたてていた。そっと前髪をかきわけ、額に巻きつけてあるその赤を奪う。ごめんね、と小さく彼へ向け笑った。
彼に似合わない姿を彼に捧げる。罪悪感はある。しかし、罪悪感は俺の望みにはかなうまい。俺は苦笑する。
全てが終わり、彼を傷だらけなお馬さんに預ける。いけるところまでお願いね、案内は鳥さんがやってくれるからさ。そういえば、お馬さんはヒヒン、と返事した。あんたも忠誠心すごいよ、と苦笑した。
鳥に合図を送れば、彼女は飛び去った。ついでにあの子はメスだ。これから自由になって、子を沢山生めば俺様は幸せだ。なんだか親心が芽生えてる。
お馬さんが鳥を追いかける。きをつけてなー!と大きく手を振った。
もう一声、今度はオスの方の鳥さんへ合図を送る。静かに降りてきた彼の脚に、俺は手紙を巻きつけた。

「かすが知ってるだろ?彼女に恋文渡してくれない?」

笑顔でそう言えば、くう、と彼は答えた。いい子いい子、と俺は彼を最後になでる。すこし、彼はそれに甘え、そしてゆっくりと羽を広げた。もうおいき、そう言えば、彼は飛び去った。かすがちゃんは受け取ってくれるだろうか。事情が書いてある一枚に、彼に見せるであろうもう一枚。あ、冗談で好きとか書いとけばよかったとひとりごちに呟く。
いやだめだ。怒った彼女の顔が、目に浮かぶ。

「おっかねぇ」

思わずぶるり、と体を震わせる。途端に苦笑がこみ上げてきた。なにしてんだ、俺様。

「さて、と。待ってくれてありがとねー、伝説のお忍びさん」

彼が残した二本の槍を、そっと手に馴染ませる。視線を右上に上げれば、風を連れた忍が立っている。苦笑った。
瞳を瞑る。
赤を生む。長い髪がうっとおしい。
でも、この姿は、全てが愛おしいのだ。
赤を、額に巻き付ける。


「真田源次郎幸村!いざ参らん!」



負け戦だと、わかっていたんだ。
だけど、それがどうしたんだ。
どうしたっつうんだ。
あの人がしなないのであれば、この身を捨てようが、構いやしないさ。
あの人が生きていなければ、なんの意味もなくなるこの世界なんて、捨てるのも惜しくない。
怖くない。恐れるな。

「‥‥やっぱ無理だわ」

怖いよ。そりゃね、もちろん。
根っから俺様嘘つきだし、このくらい強がらせてよ。あんたの見えないところでは、ねぇいいでしょう?真田の旦那。

ふっと、笑う。
槍が重い。やはり、手に馴染む武器でないと落ち着かない。この不慣れな槍で、あの伝説の忍を貫くのは、無理だろう。
それでも、だ。
退くわけには、いかないと誓った。


「さぁ、かかってくるがいい!この真田がお相手いたす所存!」


真っ赤な嘘が、少しだけ楽しげに叫んだ。
表情すら、嘘に変え、しかしながら、どうしても嘘つきは涙まじりの苦笑だけは嘘には変えられなかった。


嘘つきは、一つだけ大きな嘘をついた。
だけれど、それは嘘つきにとっての最大の愛情であり、なにより、道筋だった。
きっと、嘘つきが愛した男は、自らを失うだろう。そして嘘つきの存在を自身なのだと疑わない。死んだのは、赤の武士なのだろうと、思い込む。
それでいいのだと嘘つきは思っていた。
嘘つきは彼さえ生きていればかまわないと思った。
だから退かぬし、主の名さえ殺すのである。
それでも、構わないと思っている。
主の名と共に死ぬ覚悟は、とうの昔からできていたからだ。
死にかけの苦笑を生んだ。



嘘つきは、傷つき、全てを手放し、自身ですらなくなって、死のはざまに、彼は今までに言わなかった真実を、沈む夕焼けに、声にならない叫びを呟いた。


これだけは、本当の話である。





嘘つきの愛
(嘘みたいにあんたが
ずっと、好きだった。)








end.

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