現ぱろはなし | ナノ








もしも来世で。
己も彼も人間で、戦の世でなかったとしても。
己はもう二度と彼に会いたくはない。
どんな顔をすればいいかわからないし、第一、彼はきっと己がやった事を笑って許してしまいそうだからだ。
恨んでくれた方が、楽だけども。
彼はきっと、己を恨まないだろう。

木の葉が少しだけ揺れる。ただそれだけだった。枝が軋む音すら、足下には感じない。
苦笑した。
掌にあるものを見つめる。
苦笑した。
しざるおえなかった。
何故ならば、おかしいのだ。
己らしくない。これは、任務ではないのに。
任務ではないのに、とわかっているのだけれども。
渡さなければならない、と思った。
必ず、渡さなければならない。

彼の愛する人へ、彼が最後に届けたかったものだからだ。

苦笑する。

ああ、あともうひとつ。
そんな彼を、殺したくせ、己は彼を愛してしまったからである。

苦笑した。
そんなかすかな音さえ、出さなかったのだけれど。
風が、姿をくらました。
















小十郎には好いた相手がいた。叶わぬ恋だと覚悟を決め、常にその相手と一線を引いていた。
だから、いつも何食わぬ顔で平然と装っていた。

大きな戦が始まる、と前々から小十郎にはわかっていた。
だから、その時に。

彼に言えばよかったのだと、小十郎は思った。いまさら遅い。今、言える筈がない。
仮に、いまここで彼への想いを大声で叫んで、彼の耳に届いたとしても、
嗚呼、彼の、困ったように笑う苦笑の表情が、鮮明に目に浮かぶ。
思わず、小十郎本人が、苦笑してみせた。

「時すでに遅し、残るのは後悔のみ、か‥‥。」

小十郎は立ち上がった。そろそろ、ちいさな部屋の中に閉じこもっている彼の、深い傷を包んでいる包帯を変える頃である。小十郎は布を脇に抱えて、すた、と歩きはじめた。
小十郎は、そこへ行きたくはなかった。
包帯を変える時、部屋の奥に座っている彼は、小十郎を見つけると、少しだけ苦笑う。それが、あまりにもいたいたしくて、小十郎は嫌いだった。見たくはなかった。つらくなるのだ。
思わず、腕の中におさめたくなる。
あの日に言えなかった全てを叫びたくなる。
でもしかし。
違うのだ。もう、遅いのだと、小十郎は呟いた。

少しだけ、笑った。
自嘲の意味を、込めた笑いである。
足を止め、全て考える事を止めた。
考えるだけで、つらいのだから、止めることを決め込んだのだ。
小十郎は、襖に手をかけ、すべらせた。


そこに、彼がいないという考えは、最初からなかったもので、小十郎は思わず眉間に皺をいっそう深いものにした。















「ん、」
覚めれば、そこは、主がいる場所でも、竜に与えられた場所でもなかった。
緑がいっぱいに広がっている。
それは、葉、だった。
ぼやける視界が、止まった時、視界に濃い黒が映っていることに気がついた。

「‥‥‥っ!」

木の上、己を支えてるのは、伝説の。

「ふ‥‥風魔、こた‥‥」

思わず距離をとり、体制を整える。
目の前の男は、木の上で棒立ちをしたまま、腕を組み、ずんむりと黙ったままである。
己は男を知っていた。
伝説の忍、風魔小太郎。
任務のためならば、なんでもやる、最強とうたわれた男だ。
何故、彼が己の前に、なんて。
そういえば、忘れていた。
己は、“残党”なのだ。
彼にとったら、敵の生き残りだ。
始末に来たのだろうか?

「上等だっつーの‥‥!」

しかしながら、先ほどから、枝の上で不安定な体制である。木の上での戦闘など、お手のものだったというのに。何故だ、と疑問がはしる。そんなに、己は体が鈍っているのだろうか。冷や汗が、じわりと己を滲ませる。

じり、と。

風魔小太郎はこちらに距離を縮めた。

己は、クナイを取り出そうと右手を動かし、そして、止めた。
鳥肌と、冷や汗が、己を襲う。
“どういうこと”だ‥‥?
どくり、と心臓がうつのがわかる。血が冷たく流れていく。
わからない。わからないのだ。
思い出せない。
“クナイがどこにあるのか思い出せない”のである。
どういうことだろうか、じわりじわりと恐怖が己を責め立てる。
一体、“己の身に何が起こっているのか”わからなかった。

風が起こる。

はっと己は息を飲み、腰にある大きな手裏剣を風魔小太郎に投げつけ、しかし手裏剣は標的には届かずに大きく左にそれた。
手裏剣は大きく弧を描いて、自身の元へと戻ってくるが、右手には帰らずに、己の真上の木の幹に突き刺さった。
嘘だろ、と絶望が心臓の芯にぞくりと襲った。
武器の扱い方すら忘れてしまっていたのだ。

風の音がした。

すぐ目の前には、無言の男。
風が冷たく感じた。

そして、死を覚悟した。
それと同時に、これならあの人は許してくれるだろうか、と思った。
自分で死に、あの人を追う事がだめなのであれば、殺されたとなったら。
あの人は、許してくれるだろうか。

そう考えれば、死の恐れおろか、望みさえした。
ふっ、と笑った時である。

風魔小太郎は、一瞬だけ表情を崩したのだ。
初めてだろう、彼は、少しだけ苦笑していた。
誰かの表情だ。誰かの、表情にすごく、似ていた。

すっ、と。

風魔小太郎が握りしめていたのは、赤で。
鉢巻きだ。知っている。間違えるものか。これは、そう。真田幸村のもの。己の、主のものである。

「もしかして‥これを、‥‥俺様に届けてくれたの‥?」

その言葉に、風魔小太郎は静かに頷いた。

「あ‥‥悪かったよ、その、‥‥攻撃して、ごめん」

悪い事をしたと思った。素直に謝れば、風魔小太郎はぶんぶん、と首を振る。
そして風が荒々しげに起きる。

「‥‥帰るの?」

その言葉に、ただ無言が返される。

「えっと、あの!その‥‥ありがとね!」

己の言葉を耳で受け取った彼は己の視界の最後に、
音無く、唇を、動かした。

「‥‥‥‥え、」

そして、風が彼を消した。
葉が、一枚だけ揺られている。
彼は、最後に唇だけでこうゆっくりと作った。


“かれがかえしたがっていたものは、かえした”


合っているかどうかは、定かではない。
だがしかし。
もしこれがあってたとするならば、どういうことだろうか?
己の主は、己に、この赤い鉢巻きを“返したがっていた”?


胸騒ぎがした。
空を見上げる。
まだ夕日は沈んではいない。
空は茜色。
視界は緑。
浮かぶは、風が残していった、闇黒の、羽。

己は、左手を恐る恐る見つめた。
赤がそこにはある。
赤はたしかにそこにあったのだ。


かちり、と。


何かがはまるような音がした。
己は、思わず赤を額に押し付けながら、涙を流した。
嗚呼、なるほどな、と苦笑う。

つまりはそういうことだったのだ。

己は、手裏剣を腰に収め、木から体を下ろした。
ゆっくりと足を動かし、向かうは、竜の居場所。
会いにいかねば、と思った。

彼に会って、いろいろ文句をならべねばならない。騙した事とか、約束を破った事、それから、先に死んだ事など。
そのために、自身を見届けてくれるのは、竜しかいないと悟った。
手裏剣を、ぎゅっと握る。


彼に会って話したい。
怒って、そして苦笑いしよう。

彼に、会いに逝かねばならないと、思った。









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