!現ぱろ(コンビニ店員×高校生)
!輪廻転生











最初見かけた時は手先がぶるぶる、と震えた。まさかそこにあの人が立っているなんて思わなくて、視界に入ってきた時には自然と目に涙が溜まっていた。
俺は高校生で、ずっとずっと、あの人を、つまりは真田の旦那を、探しつづけ、高校を選ぶ時だって、旦那が行きそうだな、と思ったところを選んだつもりだった。もちろんそれはかなり可能性が低く、案の定旦那はそこには居なかった。
だけども、まさか旦那がその学校近くのコンビニのアルバイト店員さんをしているなんて思わなくて、入った瞬間に聞いた「いらっしゃいませ」の元気のいい声に、あの姿に、対応できなくて泣きそうになった。
その時は、条件反射ですぐさまトイレに駆け込み、声を凝らして泣いた。嗚呼、やっと出会えた。旦那、だんな、ずっと、探していた。
何時間泣いていただろうか。ここがトイレであった事に気がつき、これじゃあ迷惑だろ、と急いで涙を拭き、トイレから出た。
店内には、旦那ともう一人従業員がいて、旦那は品物を並べていた。
ばちり、と目が合って、なんて話しかけようか、ひさしぶりといえばいいのか、とか考えていたら、旦那が少し近づいて、静かに口を開けた。


「大丈夫ですか?」


え、と顔を上げれば、旦那は人差し指で目をちいさく指差し、真っ赤に晴れてますよ、と言った。

「泣き声が聞こえたので、少し心配だったんです。大丈夫ですか?学生さん」


それはあまりに衝撃的で、顔が歪んだのが自身でもわかった。涙が再びこぼれたことも。
俺は旦那に返事をすることもなく、外へと飛び出した。
衝撃的だったのだ。
旦那に記憶がないなんて。
旦那の中に自身がいないなんて。
遠ざかった場所まで、走り去れば、ううっ、と声をもらし、たまらずに大声を上げて泣いた。
夏の、ことだった。






それからは毎日通った。
あんな態度をしたからか、最初は戸惑いの顔を見せていた旦那であったけども、いつのまにか慣れていったらしく、こちらをまじまじと見ることはなくなっていった。

毎日、下校時にコンビニへ通った。
旦那がいない日は秒を数える暇もないくらい早く出る。いる日は、必ず何か買う。
レジはいつも旦那のところだ。
旦那がレジに立つまで必ず待つ。何時間たってもだ。
旦那のレジに列が長く、他のレジがすいすいと空いていても、俺は必ず旦那のレジにならんだ。

だけれど。
旦那とは一度も話したことがなかった。
レシートいりますか、ストローお付けいたしますか、袋にお入れになりますか、温めますか、
そんな沢山の旦那からの問いは、一言だって何も言わずに、頷くか、首を振るかしか答えた事がなかった。
勇気がなかった。
ただそれだけだ。
恐れていたといってもいいが、何に恐れていたのかは俺自身わからない。
ただ、話しかけるのが怖かった。
そして最後に旦那の「ありがとうございました」にまた泣きそうにいつもなるのだ。




それは、癖だった。
昔、旦那が失敗をしたりすれば、いつも横から「だからちがうでしょ」と言ってあげていた。

「それ、そっちじゃないよ」

思わず声がぽろり、と出てしまった。
新発売のいちごみるくを違う棚に一つ置こうとしていた旦那の手が止まる。そして、こちらにゆっくり振り向いて、あっ、と息を飲んだのがこちらから見えた。
さすがに、いつも通っていて、しかも自分のレジにしか並ばないこの顔は覚えているらしい。それに、彼の前で泣いた一件もある。
そのまま沈黙が流れる。

「えっと...」
沈黙を破ったのは俺だ。
喋ってしまったのは、しょうがないと思ったからだ。だから、余計な事を言うまえに、会話を終わらせようと一生懸命口を動かした。


「あの、たしかにこの棚にいちごみるく、て書いてあるけどさ、ほら、よく見たらメーカー違うでしょ?ほんとは、こっち」
そう言って、右端の棚を指を差す。
しばらくぼぅ、としていた旦那だったが、慌ててすみません、といいながらそれを右端の棚に移そうと間違った場所からいちごみるくを取り出したとき、あの、と俺は声をかけてしまった。
そこで、口を塞ぐ。
問いそうになった。「俺の事を忘れてしまったのですか」と。
いちごみるくを持ったままの旦那はこちらを見ながら一時停止し、次第に首を横に傾げる形を作っていたものだから慌てて俺は言う。
「あの、その、そ、それ、俺買います...」
旦那はぱちくり、とまばたきをし、それからゆっくりと微笑んで、どうぞ、と俺にいちごみるくを渡してきた。
ゆっくりと受け取り、ぎこちなく、俺は笑った。

「いちごみるく、好きなんですか?」

旦那は笑顔で俺に聞く。
もちろん別に好きではない。
いちごみるくなんて、そんな甘ったるいもの好きではない。どちらかといえばストレートティーの方が好みだ。
だけどどうしてそれではなくいちごみるくを買うのかなんて、考えなくてもわかっていた。
会話のネタが欲しかったのだ。
変な話だ。
先ほどまでは会話を終わらせようなんて思っていたくせに、いざ話してみれば、会話を長続きさせようとしている。
どうして?わかりきったことだ。


思い出して欲しかったから。



「あの...」

旦那が心配そうな顔でこちらを見つめていた。
その理由すらもう知っている。
また俺が泣いているからだ。



「馬鹿だろ....あんた」


やっと声に出したら、もう、涙も言葉も止まらず流れ出した。


「俺はあんたとちがって甘いものは嫌いで!でも甘いものを作るのが得意なのはあんたが好きだから練習して上達したわけで!だからあの頃あんたは俺が作った団子美味しそうに食ってたんだろ!そんなことも忘れたのかよ!馬ッ鹿じゃねーの!」



旦那はぽかん、と口を開けてこちらを見つめ、固まっていた。
腹が立ってしまった。
どうして彼は忘れて俺は覚えているのだろうか。
どうせなら忘れたかった。


「こんなの理不尽だ!あんたなんか、好きにならなければよかった...!」


そう叫びいちごみるくを彼に投げつけると、俺は急いで外へ飛び出した。
どれくらい走っただろうか。息が上手く整わず、酸素を沢山吸い込もうと肩をリズムよく動かす。
空を見上げれば、まだ時間は8時にもなっていないのに、闇の中に星が輝いていた。
白い息がもやり、と口から出てくる。

「ははっ...やっちまったよ、」

星に苦笑を投げつけた。生温い涙が頬を濡らし、やがて冷たくする。

もう、おそらく自分は彼に会えない。
会える自信がない。あんな最低な言葉をいきなり吐き出したのだから。
戸惑った彼の顔が、はっきりとよく目に浮かぶ。
冷たい風が、自身の橙の髪をゆっくりと揺らした。涙ですっかり冷えた身体は、小さくくしゃみで小刻みに震わせた。
うしろから風がびゅお、といきなり強く吹いてきた時、その風に声が乗っかって運ばれてきた。



「ならば!」



進んでいた足が、三歩進んで、止まった。
この声を、俺は知っていた。
知らないはずなんてない。
彼だ。

しかし、信じられなくて。
どうして彼が?
いやそんなはずは...
ゆっくりと振り向き、そこにいたのは息を切らした、やはり、彼であって。
寒さで鼻を真っ赤にした彼は、こちらを見上げれば、ふにゃり、と笑った。


「コーヒーだったら、いいのですか?」


彼は手にした小さな白い袋から、缶コーヒーを取り出した。
それを優しく投げつけられたものだから、思わず受け取ってしまって。
いや、そういういみではないんですけど、なんて静かに呟けば、彼はそれでも笑いながら「ですよね」と言った。

「えっと、上手くわからない故に、あなたの事何ひとつわからないんですがこれだけは言っていいですか、学生さん」

彼はずびり、と鼻をならす。おそらく息を吸ったつもりなのだろうが、鼻水が邪魔をしたらしい。だけど彼は構わずに俺に言った。


「おかしな話ですけどよく夢にあなたに似た人がでてくるし、その人は夢のなかで俺の大切な人で、初めてあなたを見た日なんかびっくりしちゃって気になってトイレまでついてきちゃってなんだか俺すごくあなたの事好きみたいだからどうか名前を教えてはいただけないでしょうか!」


そう言葉を止めずにそう言って、言い切った彼は真っ白な息を大量に作る。
今、彼の顔が真っ赤なのは、寒さのせいだけではないだろう。
じわりじわりと俺の身体が熱くなっていくのは、手のひらの中にある温かい缶コーヒーのおかげであるのだが、きっとそれだけではない。

思わず俺は、走り出して、細く、しかしながら筋肉はきちんとついている身体へと吸い込まれるように抱きついていった。
彼もまた、きつくきつく抱きしめ返してくれた。







それはある夜空が綺麗な
冬の夜のお話。
俺はわんわん泣き叫び、旦那は仕事着のまんまで、男同士で、人が沢山通っているわけだけども、抱き合った身体は離したくないと思った、冬のことでした。









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