幸村視点(現代) | ナノ






がたん、と電車が揺れる振動につれて、幸村の瞳からはぼろり、と大きな涙の粒が流れる。
いくら拭っても出る涙を止める術を幸村は知らない。ただひたすら指で涙を拭いながら泣く。


走り出し始めた電車はまだ緩やかに動いている。幸村は、無理やり涙を止めようと上を向きながら涙を拭っていた。
電車のドアの前に、約束を叫んだあの時、幸村は佐助へと振り向けなかった。
彼の顔が見れなかったからだ。
きっとあの時振り返って彼の顔を見れば、この足は電車の中へ進める事ができなくなっていただろう。この行動は、正解だった。

正解だった故に、つらい。

幸村は止まらない涙に嫌気がさしてきた。




(「――――な」)


どこからか音が聞こえた。
心地よい音だ。幸村はこの音を知っている。知っているし好きな音でもある。
好きな、声、でもある。
窓の外からだと気がつくのに三秒。振り向くには五秒かかった。

振り向いて、窓に手をつけて、信じられない、と呟いた。
佐助が自転車を一生懸命漕ぎながら電車を追いかけてきていた。下り坂だからか、スピードが随分と速い。
どうして彼が走ってる?
幸村は訳が分からずに、涙で濡れた目を大きく見開いた。
そんな時にああいう風に呼ばれるのは、反則だった。予想なんて、できないに決まっているからだ。
佐助は、知らないはずだった。





「真田の旦那っ!!」





頭が理解する前にまずは真っ白になる。指がぴくり、とも動かなくなり、唇がぶるりと震えた。
佐助は知らないはずだった。
悲しみと、懐かしさを彼は知らないはずだ。
幸村は、やっと風景の色を取り戻した頭で頑張って思考を巡らせば、すぐに否定の答えが生まれた。
そんな筈はない、ともう一人の自分が言う。
だってそうだ。彼は昔を忘れ、新しい佐助として生まれ、今だけを生きていたはずだ。
小さな頃、無理やり白い手を引っ張って教室から出たあの時だって、「もうさなだくん、おれさま手がいたいんだけど」なんて、つけられたこともなかった「くん」をつけられ、初対面の壁を作られて。
親友と呼べる仲になれば、「幸」と、あの頃に比べれば想像も出来ないような遠慮のなさがあって。
もう、彼の中に“彼”なんて溶けてしまったはずなのに。


佐助は、今なんて言っただろう?
自分をなんて呼んだだろう?



「真田の旦那っ!」


昔呼ばれたあの言葉が聞こえた。


「真田の旦那っ!!」


確かに、聞こえた。
聞こえる。
彼の優しい声で。


「さすけ、」


ぼろり、と涙が落ちる。拭う事なんかもう彼の頭にあるはずはなく。
滴は落ち、椅子を濡らし、布に染みを作る。
しかし幸村は気にしなかった。
目の前の彼もまたボロボロと泣いていたからだ。


佐助は、スッと。
右手を高く此方へ突きつけた。
小指一本、立てながら。
その瞬間、幸村の体全身の鳥肌がぞわりと立った。
鮮明に思い出す。
あの頃確かに繋いだ、あの小指を。
そして幸村は嗚呼、と呟き彼を見つめながら目を細めた。少し、流れる涙の量が多くなったのを彼は知らない。
ただ分かった事があるならば。
彼は、思い出したのだ。
遥か昔、結んだ約束を。
絡ませた、まじないの小指を。
悲しい事も笑った日々も全部ひっくるめて、
彼は思い出したのだ。
幸村は、佐助の細長い、白い指を見た瞬間、そう悟った。


佐助は笑う。
今も昔も変わらない、あの見慣れた笑顔で。
それにつられておもわず幸村もぐずぐず泣きながら、それでも笑って小指を立てた。佐助の口が、大きく開く。



「約束だよ!必ずいつの日かまた会おうね!」



幸村は頷いた。
当たり前だ。何故なら己は彼にまだ言ってない事があったからだ。
約束は必ず果たそう。
その時はきっと、数百年も秘めたこの気持ちをしっかり言おう。
だから、この小指を絡めて約束を結ぼう。
それが、きっと遠く離れても二人を繋いでくれるから。


幸村は、小指を曲げた。
そして、約束を結んだ。
破られる事がない、二人だけの約束を。



佐助の自転車がバランスを崩し、倒れる。
幸村はあっと息を飲み、電車の中で走りながら彼を見ようと移動する。

そこに見えたのは、素早く立ち上がり、泣きながら笑顔で手を大きく手を振る彼の姿で。


幸村は、微笑んだ。
そして此方からも手を振った。
行ってきます、と小さく呟いて。
彼が見えなくなれば、振る手が小さくなり、やがて落ち、ゆっくり泣いた。
あの時、彼と別れて泣き叫んで呼んだ名前を、今は静かに微笑んで呼んだ。
さすけ、と。






行ってきます。
(わかってる
約束は、絶対だから!)

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