佐助視点(現代) | ナノ






「佐助のかみは、ゆうやけ色で、おれはすきだ。」
小学生の頃にそう言われたのは今でも忘れていない。忘れていないし、これからも忘れないだろうと思う。
生まれつきであるこの髪は、いろいろと面倒で。どちらも黒髪の両親には心配されたり、先生達からは染めたのだろうなんて毎回問い詰められるし、友達からはお前って目立つよななんて言われたりして。上級生からは目をつけられたりととにかく昔からこの髪は大がつくほど嫌いで、綺麗なんて、それこそ言われた事もなければ、思った事すらなかった。
だけど初めて会ったくせに、自分の事を知ってるなんて変な事言った彼が呟いたあの一言は今でも本当に忘れられない。


「おまえの髪は、しぜんでゆうやけ色できれいで、おれは昔からすきだ」


そう微笑みながら、引っ張っていた手を走る足が止まってもなお離さずにそう言った彼は、空いている手でゆっくりと優しく自分の髪を触れてきた。
その手が酷く懐かしくて、何か忘れているような、そんな気がして、なんだか悲しくなった。
だからせめて今触れられているこの優しい手は、何があっても、忘れないでおこう、なんて思った。
小学生の時だった。












入場券を買ってくれた彼を殴りたいなんて思う俺は本当に小さい人間だ、と佐助は小さく笑った。
ホームまで見送らないと決めたのは、我慢していた自分の気持ちが吐き出ないよう、自分なりの抵抗だった。
言ってしまいそうだった。行かないで、なんて。言ってはいけない、彼が困ってしまう事を言ってしまいそうで、怖かったからだ。
そんな抵抗なんて、彼はあっさり潰してくれた。殴りたい、と佐助は思う。
殴りたい、と思った時に視界が滲んできたのが佐助にはわかった。殴りたい以上にどうやら自分は泣きたいようだと気づいたらまた困ったように笑うあの癖が出てきた。電車のドアは早く入って、と言うように大きく開き、幸村を待っている。
でも幸村はピクリとも佐助の隣から動こうとはしなかった。
もしかしたら、と佐助の頭の隅にぼんやりと一つの考えが生まれる。
もしかしたら、彼は、行きたくないんじゃないか、と。
別れたくない、側に居たい。
嗚呼、自分と同じくそう思ってくれているのではないか、なんて。
もしそうなら、今ここで自分が「行かないで、」と一言彼に祈願したら、彼はどうするのだろうか。


「....ふふっ」


笑ってしまった。
だから、ホームまで見送りたくなかったんだ。そう心の中で呟く自分が、どこかに居た。
この感情を押し殺さなければいけない。彼に悟らせてはいけない。佐助は頭でそう思う。
懐かしい感じだ、と感じる。嗚呼はたして自分はいつ感情を押し殺していたか。それすら分からないほど、佐助の頭の中はぐじゃぐじゃになって上手くまとまらなかった。
泣いてはダメだ。そう思うが、先程から目に溜まっていた粒は、そろそろ流れ落ちそうだと佐助は悟った。
ならば、と。
佐助はいつまでも動かない幸村の体を、後ろからぐいっと押した。
幸村がぎこちなく動く。そしてやっとのことさゆっくりと歩き出した。
早く泣きたいと思った。彼が去った後で、ここが、彼に見えなくて、彼に聞こえないようになった場所になったその時に、大声で泣こうと決意した。
だから背中をゆっくりと押したのだ。
佐助は手先が器用で、細かい作業をしても指など震えなかったが、今回ばかりはどうも押した指先が以上なほど震えていた。


幸村の背を目でゆっくりと確認しながら、彼の背が妙に遠い気がして、淋しさを感じ、涙の粒が、我慢できない、と震えだした。
佐助がそれをぐっとこらえたと同時に、電車のドア前で幸村の足がぴたり、と止まった。
どうしたんだろう、と佐助が思って顔を上げたその時、幸村は背を向けたまま言葉を叫んだ。


「約束だ!必ずいつの日にかまた会おう!」


その言葉に、佐助は泣きそうになった。
うん、約束だよ、とそんな一言さえ言えなくて。
俯いて、彼の背に小さく手を振るしか佐助には出来なかった。

幸村の足が一歩電車に乗るのが、佐助には見えた。
その時、あれ、と佐助は思った。
先程幸村が言ったあの言葉が、妙に懐かしく感じた。どこかで聞いた事がある。そう確信を胸の内でした。
どこでだろうか、と佐助はぐるりと頭の中を駆け巡りながら記憶を探る。しかしどうしても出てこない。
嗚呼もしかしたらテレビのドラマでどっかの格好いい主人公の人が言っていたのかな、なんてぼんやりと考える。
しかし、幸村が残りの足を電車に乗せたと同時に佐助は思った。

(旦那は絶対テレビの中の台詞を真似するようなかっこ悪い事はしない。)

そう思った時に、佐助はちょっと待て、と眉をひそめた。


“旦那”って誰だ?


今自分は幸村の事を旦那、と呼んだ?
佐助は一層眉をひそめる。
自分はたしかいつも彼の事を「幸」と呼んでいたはずだった。

(旦那....?)

懐かしい響きだと感じた。
それだけではない。今思えば全て懐かしいと感じた。幸村は佐助の中で今も存在しているというのに。過去の人間ではないというのに。
懐かしい、と感じる。
声も、肌も、髪も、腕も、何もかも。
小学生の頃に見せたあの笑顔も。
今見える、温かそうなあの背中も。
約束、と言ったあの言葉も。
全て遥か昔に見て聞いてきたような感覚に襲われ、なんだか変だなと佐助は顔を上げた。

ドアが、ゆっくりと閉まっていく。

その時に見えたのが幸村が着ていたパーカーだったものだから、佐助は目を大きく見開き、何か声を出そうとして出せた言葉が、嗚呼、という一言だけだった。


例えば。
泉に投げた石が波を作り、ゆっくり水に波紋が広がっていくように。
ゆっくりと佐助の中で何かが広がる。
それは、赤、だった。
幸村が着ているパーカーの色だ。
禍々しい血の色ではなく、かといって弱々しい色でもなく。
優しく、それでいて強い色。
まるで、炎のような、そんな色が。


佐助は全てを感じ、思わず困ったように笑った。
小刻みに震えて、そして白い手でぺちり、と額を叩いた。


「あー、忘れてたや。針千本飲まさないとねぇ」


ほらもう、あの時、いつかまた会おう、その時はずっと一緒にいよう、なんて言ったの忘れたの、なんて言って佐助は笑った。
困ったように、笑って、つう、と頬を濡らした。
ホームのベルが鳴り始めたと同時に佐助は思った。
今からでも十分遅くない。
佐助はベルが鳴り終わる前に走り出す。
自分は昔から足には自信があった。今思えば当たり前だ。かなり昔が普通の人間ではなかったからだと佐助は笑いながらそう思った。
佐助は軽やかに走る。
向かう先は駅の入り口。
あそこには放置した自転車があった筈で、嗚呼今日に限って鍵を忘れてよかったと思い出す。
佐助は目指していた物を見つけ、それに迷う事なく跨ると、力いっぱいにペダルを漕ぎ出した。
間に合ってくれ、と佐助は叫んだ。

今のままで離れ離れになってしまっては後悔するだろうと佐助は思いながら、来たときよりかも比べものにならないぐらい軽いペダルを漕ぎながら思う。



だってあの時、確かに彼は、
馬に跨りこちらに背を向けて約束を叫んだ彼は、
電車のドアの前で背を向けて約束を叫んだ彼は、
どちらも顔なんか見えなかったけれど。
それでも、と佐助は思う。
わかっている。あんたの事なんて。
だって何年一緒に居たと思っているの。
佐助は思わずふっと笑って、動かす足を更に加速させた。






見えないように隠して
泣いてたでしょ?
(顔見なくてもわかってるよ
叫んだ声が震えていたから)







「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -