佐助視点(現代) | ナノ






ゆっくりと背中の温もりが離れたのを佐助は妙に名残惜しく感じた。
かたん、と音が聞こえたと思えば、嗚呼彼が自転車から降りたのかと悟った。
佐助自身もまた同じように降りる。自転車を駅の入り口付近に放置した。

「佐助、鍵をかけぬのか」

盗まれるぞ、と彼は籠に詰め込んでいた思い荷物を引っ張り出しながら佐助にそう言った。
すると佐助は弱々しくにへら、と笑った。

「鍵、忘れてきちゃったよ。」

すると彼は目をまんまるくし、まことか、と呟いた。
「お前が忘れるなんて、珍しい」
そうだね、と佐助は同感と言うように呟き、深々と頷いた。


(でもこれってきっとアンタのせいだよね。)


佐助は心の中でそう思い、苦々しく笑ってしまった。
人のせいにしたくないが、自分がこう、有り得ない失態をおかすのは、大抵彼絡みだと佐助は思っていた。
それは出会ったあの時だってそうだった、と佐助は古い昔の事をぼんやりと頭の隅から引っ張り出していた。
あれはまだ自分が小学生の頃だったか。自分はいたって真面目で、かといって暗いような存在ではなく、寧ろ誰とでも笑顔で話し、クラスのムードメイカー的な存在だった。それは今でも健在だ。勿論いつも授業を真剣に聞いていたわけで、けして寝たりはたまた授業を抜けたりした事は一度たりともなかった。
幸村が自分のクラスに転入してくる前までは。
転入してきた彼は、まだみんなの前で自己紹介している途中だというのに、佐助とばちり、と目が合うと、紹介中の名前の「ゆき、」というところまで言ったっきり言葉を止め、そして駆け出した。
何事か、とみんなは幸村を凝視した。佐助だって凝視した。
幸村は佐助の前まで駆けてくるやいなや、「佐助か?」と佐助の名前を一発で当てるというなんとも摩訶不思議な事をしだした。
これには思わず佐助は唖然し、しかし直ぐにはっとして「そうだけど、」とやっとの思いで口を開いた。
次に、あんたはだれ、と言う前に、彼に手首をぐいっと引っ張られ、なにすんの!と叫ぶ前にはもう教室とはおさらばしていた。
その時佐助は生まれて初めて授業をさぼるという行動をしてしまった。
だが、その時の笑顔といい、佐助はそんな彼の姿を見ると困ったように微笑むのが自然とできた。
それがいつしか癖になってしまった。
家の家計が厳しく、親に心配かけさせまいと高校になったと同時に一人暮らしをし始めた佐助の家に乗り込むやいなや「俺もこちらに住むぞ!」と勝手に決めて大きな荷物をどん、と玄関に落として笑った幸村を見たあの時だって、自然と困ったような、それでいて幸せそうに微笑むことができた。
この癖は治るものではないし、直さなくてもいいと思っていた。


だけどもう、と佐助は幸村の後ろを歩きながら彼に気づかれないよう静かに息を吐く。
この癖はきっともう、必要のなくなるのだな、と佐助はしみじみと思った。
幸村の剣道の腕は遠い大学まで届いていた。スカウトだ。こちらに来ないか、と誘いが来たのだ。
悩んだ結果、幸村は進む事を決めた。
そう聞いた瞬間、自身の顔に癖が出たのを佐助は覚えている。
もう癖が必要なくなるのを惜しむように。あの時たしかに佐助は笑った。





切符を買いにいく幸村の背中をぼんやりと見つめながら、佐助はなんだか泣きそうだ、と感じた。
別に目に涙が溜まっているわけではないが、なんだか泣きそうな感じがした。

泣きそう、いやそれよりも、今の彼にぴったりな言葉はそれではなく、泣きたい、に等しかった。
だけど同時に泣いては駄目だ、とどこかもう一人の自分が叫んでいた。
なぜだか分からないが泣いては駄目なんだと感じ、佐助は頭を三回横に振った。気分は変わらなかったが、既に切符を買い終えた幸村がこちらに戻って来ていたために、考えをどこかに飛ばす事ができた。

「買った?」

「嗚呼。意外と安いんだな」

そう彼は笑いながら、今さっき買ってきたと思われる切符を鞄の小さなポケットに大事そうに締まった。

「手にもっておけば?直ぐに使うでしょ?」

そう佐助が困った風に笑い言えば、幸村もふっと笑ってこう言った。

「昔からお前が言ってたではないか。無くして困る物は大事にしまえ、と」

それが癖ついてしまってな、と幸村が元気に笑うので佐助も笑うしかなかった。

(いつ言ったっけそんな事)

昔から、と言ったので小学生の時だろうかと佐助は推測する。あの時から自分は彼の世話を焼いていたのかと思うと、やっぱり笑うしかなかった。


「あと二分ちょっとだね、幸」
そう言えば、幸村も「嗚呼そうだな、」と呟いた。
ふっと、幸村が改札口を目に向ける。
嗚呼、そうか時間だからな、と佐助は頭の隅でそう思った。

「行っておいで。そろそろ時間だから」

すると、幸村がこちらを向いた。眉を潜め、「だがしかし」と言ったが、すぐにぐっと続く言葉を飲み込んだ。

「佐助、」

幸村があまりにも真面目な顔をするものだから、つい見とれてしまって、佐助ははっとする。
なに、と佐助が言う前に幸村はそっと佐助の細い首に腕を回した。


「俺はお前に伝えてもいいだろうか?」


なにを、だなんて。
分かりきった事など聞かなくてもいいと佐助は思った。


「駄目。言わないでよ。そんな残酷な事俺様聞かないんだから。」


彼が言いたい事なんて、分かっていた。とうの昔から。
じゃあ言わせればいい、とどこかで思うのに、それでも拒んでしまうのは、きっと自分が弱いからだと思う。
彼が居なくなるのに、そんな事を事前に言われるのは、あまりに残酷だと感じるからだ。

幸村はそっと佐助を離し、そうか、と笑った。
それがあまりにも痛々しすぎて、思わず自分も同じくあんたが好きだ!と叫びそうになった。だけどそれをぐっと抑え、変わりに唇を噛み締めていれば、彼がふっと笑った。改札口の前までゆっくりと手を引っ張られながら歩けば、幸村も佐助もピタリと止まった。

無言だった。幸村は改札口をただ見つめ、佐助はただ足元をじっと見ていた。

手が離される。名残惜しい、と背中同様手にも感じた。
幸村がゆっくり進むのをぼんやりと見つめる。
そこを幸村がくぐれば、なんだか二人は別の世界に離されるみたいだと佐助は思った。
がこん、と。
物音がし、改札口を通っていた幸村の足が止まった。
思わず佐助は苦笑した。
最後まで手がかかる子だな、と同年代の幸村を見て思った。
幸村の鞄の紐が、改札口に引っかかり、幸村は改札口から出ることが出来なくなっていた。
幸村はふっと佐助を無言で見上げた。
佐助は困ったように笑いながら、やはり無言で頷いた。
佐助がそっと細い手を改札口に伸ばし、幸村の鞄の紐をとった。
鞄の埃をはたき、「はい」と言って鞄から手を離す。
幸村がそっと微笑み、礼を言おうと口を小さく開けた時だった。


りりり、と。
鳴った。



ベルの音にただ苦笑
するしかなかった。
(嗚呼、行ってらっしゃい。)






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -