弓騎士に射てられた心に誓う











鶴ちゃんは孤独だった。
いつも明るくて、誰にだって笑顔を振りまく彼女は、しかしながら孤独だったと、思う。
俺は、力が無いその左手をきゅっと握る。
しかし、その手は応えることなく、手先が冷たくなっていくばかりだった。






話を聞いたのは、今日だった。バイトの休憩時間、携帯を開けば、まつ姉から着信が三件入っていることに気がついた。
あら、と思い、折り返し電話し、その内容に唖然とした。


(慶次‥実はさっき聞いたのですが、‥鶴ちゃんが―――)


すぐに飛び出した。血を吐くんじゃないかと思うくらい、必死に走った。
病室にたどり着けば、一昨日見た彼女と同一人物だとは思えない少女がベッドに横たわって。
(ああ‥)
神さんってのは、こうも酷いのかと痛感した。
その部屋に入ることは禁止にされていたが、結婚を約束した仲で、親から承諾してあるから中にいれさせてくれと縋れば、看護師さんが困った表情をし、数分だけならと中にいれさせてくれた。
嘘を言ってしまった事に少し良心が痛んだが、彼女の痛々しい姿を目に写せば、それどころではなくなった。
(なんだよ‥これ、)
刃物を貫通したと思われるお腹。倒れる際ぶつけたらしい顔の打撲。何より、あるはずの、しかしどこにもない、彼女の右手。
(なんだよ、これは!)
もう、2日も目を覚まさないらしい。なんとか一命を取り留めたが、まだ安全とは言えないらしい。もしかしたら、最悪の場合は、‥。

「なんでさ‥なんで‥」

彼女の左手をさらにさらに強く握りしめる。どうして彼女がこんな目に合わなければならないのだろう。




彼女に友達が居なかったわけではない。それなりに、彼女はいろんな人に好かれていたし、男の子からも人気が高かった。
ただ、それでも、何故だろう。彼女が孤独に感じた。時折、何もかも見透かした目をするからだろうか。それとも、たまにふっといつもと違った悲しそうな表情で笑うからだろうか。わからない。わからないけれど。
いつか、彼女を守ってくれる男が現れればいい。そう思った。

「どうしてかなぁ‥鶴ちゃんばっかこうなるのか‥ほんっと、」

看護師さんがちらりと部屋を覗いてきた。そろそろ出てくれと促しているつもりらしい。俺は苦笑いを返し、イスから立ち上がった。
もう一度、彼女の顔を見つめる。衰弱しきった彼女の寝顔。どうしてこうなったのだろうか。彼女に、なにが、あった。



病室から出、看護師さんと何個かの言葉を交じ合わせた後、廊下を歩いていた時だ。
薄暗い、自動販売機の影で、男二人が小さい声でなにやら話をしているのが見えた。
(あれは‥)
鶴ちゃんの家の人だった。父親ではない。鶴ちゃんの父親は鶴ちゃんが小さい頃に事故で亡くなった筈だ。母親は、鶴ちゃんが生まれたと同時に亡くなったと聞いた。
鶴ちゃんの家は、いわば大魔術師の一族だった。生まれながら才能あった鶴ちゃんは、父親が亡くなった時から家督を受け継いだらしい。そして、家のために、ずっと魔術師としての教育を受け続けた。
(それは、彼女を孤独にした原因なんだろうなぁ‥)
そうなんだろう、と俺は思う。自由に恋が出来ないのも、みんなとひとつ分の距離を置いているのも。
俺も、一応魔術師の家系なのではあるが、教育など一切受けてはいない。幼少の頃、いやだと拒否をし、歳が離れた兄であるトシにすがりつけば、少し困った顔をしたトシは、それでも笑ってくれて。わかった、と。それだけいって、俺のかわりに家督を受け継いでくれた。才能は俺の方があって、両親は俺に受け継いで欲しかったみたいだが、トシがなんとかかくまってくれた。
(あの子には、幼い頃から、ずっと、救ってくれる人がいなかったのか‥?)

俺はそっと二人に近づく。気づかれないように、気配を殺しながら近づけば、少しながら話声が聞こえてきた。


「当主様が‥状態じゃ‥では‥」
「いや‥だろう‥しかし‥」
「ならば‥今度の‥戦争はリタイア‥」
「ダメだ!‥ならいいだろう‥」
「‥は危険すぎる‥もし当主様が目を覚ました時‥を」


(‥戦争?)
(戦争って‥聖杯戦争の事か‥?)
(そうか!だから、あんな事に‥)
(でも!どうして、だってあの子はまだ16なのに‥!)
(しかも!目を覚ました後だって?‥なにを考えてるんだ!これ以上あの子になにするつもりだ!)


俺がふつふつと怒り膨らませていれば、その言葉は聞こえてきた。



「この聖遺物を使えば!死にかけの当主様でも聖杯戦争に生き残る事ができるほどの最強のサーヴァントが手に入るでしょう!」

その言葉を聞いた途端、ぷつん、と。音が聞こえたような気がした。それは、今まで怒りを抑えていた理性のようなもので。


「いい加減にしろよ!」
そう叫びながら、飛び出した。一発ぶん殴ってやる!と勇んで飛び出したはずだった。が、躍り出た瞬間、固まって足をすくませた。

「ち、聞かれていたか。‥まあいい。」

目の前にはナイフの先。あまり状況がついていけず、その場で腰を抜かしてしまった。
そうか、当たり前だ。魔術師にとって聖杯戦争に関する自らの秘密情報は漏れないようにするはずだ。聞かれたら、消す。それは、当たり前の事だ。
そう、魔術師にとって、殺人は当たり前なのだ。戦争に喜んで、参加する。

「そんなの‥間違っている‥」

俺は一歩一歩後ろへ後ずさるが、すかさずナイフを持ってない方の男が俺の腹に膝で蹴りを入れる。
かはっ、と鳴き、その場にうずくまれば、癖っ毛の前髪を雑に引っ張られる。

「おやおや、前田のとこの坊ちゃんじゃないですか」
「ああ、あの‥魔術師の恥曝し?」
「魔術から逃げたやつは魔術師の恥曝しでもない。‥ただの屑だ」

そう言われながら、床についていた右手を力強く踏まれる。強烈な痛みが走る。まるで、刃物で抉られるような、そんな痛みが。

(折れたの‥かな‥へへ、まつ姉に怒られる、かも‥)

こんなとこで死ぬなんてなぁ。
まだ人生充実してなかったのにな。まだ運命の人にも出会ってない。恋も上手く出来ていない。

ナイフの刃に自分の顔が映り、思わず吹き出しそうになった。なんて顔してるんだ。情けない、顔。


(―――情けない顔を、しやがって)
はは、だろ?俺も、そう思う、
(いつものへらへら顔はどうした、)
さすがに、今その表情はなぁ‥
(いいから、もう目を覚ましたら、どうなんだ‥!前田‥、貴様らしくない‥)
‥え
(早く目を‥覚まして、くれっ)
‥なぁアンタ、そうだ、なあ、
‥‥‥アンタは、誰?

揺さぶられてる感じがする。何故だろう。目を開いているのに、覚ませと誰かが脳を揺さぶる。
ああ、なんだろう。なんだか、懐かしい声だなぁ。運命の人の声?夢の中に出てきた事ある?ああ、あんたは誰なんだ!


どこからか風が吹き始める。どうしてだろう。ここ、病院だろ?そう思っていたら、ナイフを持った男が驚きながら、なにやら叫び散らかしこちらにその刃を振りかざしてきた。そいつが踏み込んだからか、踏まれている右手に鋭い痛みが走った。
ああ、こんな終わり方か、なんて思いながら目を瞑ろうとした時、深い赤色、朱色といったらいいか、‥光が、瞳を刺激した。


がきんっ



刃物と何かがこすれる音。刃を見るのが恐くて閉じようとしていた視界を定めてみれば、床に見覚えある落書きがされていて。
(‥魔法‥陣‥?)
先ほどまでなかったはずだ。まさかこの二人が、俺をなんかの生け贄に儀式をしようとしたのだろうか?
恐る恐る視線を上に向ける。
頭上には、ナイフの刃がギラリと光っていて。

「ぅわっ!?」

しかし、ナイフはいつまでたっても行方先の俺にはたどり着かなかった。その理由は、すぐにわかった。
さっきまで居なかった、第三者の人間が、なにやら鈍器のようなもので、その刃を間一髪受け止めていた。

「‥‥その聖遺物を触媒にしたことによって、どうやら私を特定したようだな。」

その声は、凛としていて、どう聞いても、女性の声で。

「用意したのは、貴様らか。ならばわかるはずだ。私はサーヴァント、アーチャークラスとしてここ、召還され現界した。‥しかし、貴様らに召還されたわけではない。」

その鈍器は、よく見れば銃口で。よくよく見れば、それは本物の銃で。

(うわあああああ!!!じゅ、銃刀法違反!!!!!)

「ならば、私のマスターは残る一人。ソレに刃を向けているという事は、貴様ら、敵と判断してもいいのだな」
「な‥!お前の聖遺物を用意したのは我々で‥」
「そんなのは知らん。刃を引け‥」
「な‥なっな‥ななな‥!」
「くどい!刃を引けと言ってる!聞こえなかったのか!」


なにがなんだかさっぱりの俺は、右に左に視界を左右させる。そうすれば、ナイフを持っていない男の方がこちらを睨みつけながら、ソッとスーツの懐を探っているのが見えた。やばい、と思った瞬間、そいつが銃を取り出し、銃口がこちらへ向けられた。

ぱぁん!

銃声に思わず叫びそうになった時、その銃は宙に舞い、俺の手元まで吹っ飛んできた。

「‥あれ、」

俺に怪我はない。顔をあげれば、何故か銃を取り出したはずの男の方が、手首から血を流している。どうしてこうなった。

「そうか。ならば、私が散らしてやろう、からすども‥!」

両手に銃を持ち上げたその女性は、2つの銃口の行き先をピタリと綺麗に定める。
これは、もしかしたら、危ない感じじゃないだろうか‥?

「ちょ‥なにしての!?やめなって!!」

俺が、その女性の腕を掴んで退こうとするが、その腕は全然動かない。
女性は盛大の舌打ちとため息を口から吐き出した。

「‥どうやら、私はからすに好かれているらしいな。‥マスターまでも、しかも相当なからすと見た‥」
「はい?」

この隙を見逃さなかったらしい。男達二人は、変な叫び声を上げながら逃げていく。その際、ナイフを投げられたが、タフなこのイケメンな女性が回し蹴りで振り落とす。

その反動で、自然と女性は正面を此方へ向かう形となった。
イケメン女性は、髪を揺らしながらこちらをすっと見つめる。
その眼差し、が。
懐かしくて、温かく、感じて。
なんだか、よくわからないけど、なんだろう。

泣きそうに、なった。



「問おう、からすの貴様が、私のマスターか」





俺はずっと、この人に会うために生きてきたんだ。彼女に会いたくてここに来たんだ。
そんな大袈裟な事を胸の奥に染み込ませながら、――俺自身が、戦争の加害者になることなんて知る由もなく――、彼女に、‥孫一の姿に、見惚れ立ち尽くしていた。









――――――――――
前田慶次、アーチャークラス召還。
残りあと三組。


(実は私的には一番強いと思ってるサーヴァントだったり(^^)士郎枠一人目の、主人公フラグが立った慶次ww)

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