なつかしき心臓
そして現状に至る。走っているからか、それとも、非現実的な事に直面し緊張と恐ろしさからか、まだ心臓がどくどくと震える。
なんなんだ、なんなんだ、なんなんだ‥!
なにが起きているんだ!かすがに、おれに!
ばくんばくん。うるさい、うるさい!
人間じゃないものがいた。
殺し合っていた。
かすがも、参加していて、
俺は、今、殺されかけていた。
命が狙われていた。
「たすかった、のか‥?」
「安心するのはまだ早いぞ」
どこからともなく声が聞こえた。
ばくんばくん、さらにさらに音は早くなる。
「猿飛佐助か。なるほど、しかしサーヴァントがいないとはな。」
振り向けば、全然知らない、強面の男が此方を見つめていて。
今日は一体なんなんだ‥!と内で思い、佐助は痛む心臓を抑えつける。
「さーばん‥‥?」
「‥期待はずれでは?政宗様」
「はずれ‥?No!それどころか、」
青く強い光が生まれたかと思えば、そこに一人の青年が現れた。
黒髪の、ひどく綺麗に整った顔をした男だった。なにより、右目には眼帯をして、唯一視界を映すその左目は、鋭い光を宿していて。
(なんだ‥この、ひどくこわい感じは‥)
会いたくない、いやだ、逃げたい
かかわりたくない。
「こいつのおかげで、また会える」
その男はにやりと笑い、佐助を見つめた。
(だめだ‥!)
佐助は思う。逃げなければ、
逃げなければ、いまならまだ。
(だめだだめだだめだ‥!逃げなければ!逃げなきゃ!だめ、だめだ!こいつを、あの人に)
(‥あの人?)
ふっと頭の中によぎる、真っ赤な色。禍々しい血の色ではない。
優しい、だけどもけして弱くない、そう、まるで炎のような。
(‥あの人って、‥だれだ?)
そう思い立った瞬間、酷い頭痛が佐助を襲う。
痛みに耐えきれず、額を手の甲で抑えた瞬間、今度は抑えた手の甲に痛みが移る。
「痛っつ‥!」
「!」
痛みに思わず、手をもう片方の手で抑え込む。
あつくて、あつくて、火傷のような痛みがして。
佐助はそっと手を離し、手の甲を覗き込んだ。
そこには、あかい血のようなものが、浮かんでいて。
(いや‥血じゃない‥これは、刺青‥?)
しかし当の本人である佐助には、一切の覚えがないのである。
不思議な面もちでその手を見つめていれば、どこからか大きな高笑いが聞こえてきた。視線を移せば、そこにはあの眼帯の青年が此方を見つめていて。
「俺の言った通りだろ?小十郎」
「はっ、さすが政宗様」
「さて‥、あとは呼んでもらうだけだな。‥なぁ、monkey?」
モンキー、さる、つまりは己の事を指しているんだろうと佐助はむっと自覚する。どうして初対面の男に猿と言われなければならないのかはさておき、だ。
‥呼んでもらう、とは?
「よ‥呼ぶって‥だれを‥」
「そんなのはてめーが知ってるだろうがよ。まぁ、呼ばないなら呼ばないで、お前が死ぬんだがな‥」
そう言って眼帯の青年は一本の日本刀を取り出す。
その剣先が、揺れず真っ直ぐと己に狙いを定めていて。
また、命を狙われているんだと。
佐助は、震える体の奥底で、そう感じ取った。
「そんな‥また、嘘だろ‥?なんなんだよっ!なんなんだよっアンタたち!」
「An?んな事ぁ、俺じゃなくて、あいつに説明してもらい‥なっ!」
あいつってだれだ、そう聞き返す間もなく、眼帯の男は一瞬で佐助との距離を縮めてきた。やばい、そう佐助が感じた瞬間、肩に激痛が走り、視界が宙を浮いた。
「あっ‥っぐぁう‥!」
数メートルとぶっ飛ばされ、地面に叩き着けられる。痛みに肩を抑えれば、べとり。大量の血が、手のひらに染みた。
斬られてる。夢じゃない、痛い。やばい、やばい、うそだ、もしかして、俺、俺‥
「殺されるぞ、お前」
眼帯の青年はぶんっ、と血のついた刀を振る。ぴっ、と佐助の頬に、自分の体内に入っていたはずの一滴が跳ねる。
「はやく呼ばねぇと、俺に殺されるぞ?
次は、その心臓貰うからな」
そう言って、眼帯の青年はゆっくりと刀を構える。その殺気は紛れもなく、嘘ではなくて。
―――にげるべきだ、そう感じているのに、当の体が震えだして動くに動けなかった。
死にたくない。
(死にたく、ない)
(まだ、死ぬわけには、)
(あの人に会うまで、おれは)
「死にたく、ない‥!」
しゃらん。
鳴ったのは、育て親である武田信玄公の形見であった、六銭紋。
信玄公が死ぬ直前に、佐助に肌身離さず大事にせよと首につけてくれた、御守りのような、その六銭紋が。
突如起こった旋風により、しゃらしゃらと鳴りだす。
風に包まれた佐助は、思わず目を瞑る。その真っ暗な瞼の裏で、赤い光が見えた。
暖かい、色だった。
突如鳴り響く、鉄のこすれる音。二、三度響き渡ったその音は、眼帯の青年が遠くへと吹き飛ばされた事により中断される。青年は、口笛を綺麗に吹きながら、ニヤリと笑った。
「‥ha!待ちくたびれたぜ」
佐助が恐る恐る、視界を広げる。
暗い夜の世界、そこに佇む、一人の青年。
その色は、赤色で。
暗闇を燃やそうとするがごとく、強く光り、だけども、それは凶暴なものでもなく。
優しい灯火のような、しかし、強い炎で。
その青年は、向けていた背中を後ろへ回し、佐助と向き合った。
綺麗な、中性的な顔。
後ろに束ねた髪がさらりと揺れている。
その青年は、佐助を真っ直ぐと見つめ、まるでそう言うのが当たり前というように、淡々とこう問いかけた。
「問おう。
――――貴殿が俺のマスターか、」
胸をえぐられた感触。
体が熱くなってくるのが、わかった。
佐助は、ただただその青年を見上げる。
(ああ、俺は、この人を待っていた――)
どくんどくん。
この心臓は、まだ鳴り止まない。
しばらくは、懐かしさに歓喜を覚え、鳴り止んでくれそうにないだろう。
鳴り騒ぐ音を耳に、佐助はそう感じ、胸を抑えつけていた。
―――――――――――
猿飛佐助、ランサークラス召喚。
残りあと0組。
聖杯戦争、開始。
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