ろぐ | ナノ








雑賀孫市というのは、遠い昔、わたしが名乗っていた名だった。
代々受け継がれた、誇り高い名で、わたしとしても大切なものであった。
でもそれも、遠い昔の話なのだ。


わたしは、新しい生を歩んだ。縁かどうかはしらないのだが、孫市の名を受け継ぐ前の名が、今のわたしの名になっていた。
さやか、という。



カツンカツン、と音が鳴る。わたしは、一つの部屋の前で足を止めた。そこは教室である。中からは子供の声がガヤガヤと小さながらに聞こえる。わたしは躊躇なくそこにあるドアをガラリと開けた。

「はい、静かにしろ。ほらそこ、席に着け!」

わたしが入ってきたのを見た子供達は、多少びっくりしたものの、皆それぞれの席に着いた。
ドアを閉め、教壇に立てば、わたしは机に出席簿を置き、前を見据えた。
目の前に広がる子供達の目は、輝きに満ちていた。無邪気で、血をしらない子たち。そんな子供たちが存在するこの世界はどんなに美しいのか、そんなもの証明せずとも誰だってわかるはずだ。
その美しい世界で生きる我らは、どんなに、幸せなのだろうか。

「まず言いたいことがある。五年生になった君たち、進級おめでとう。わたしは、お前らの担任になったさやかだ。よろしく」
「せんせー!歳いくつー?」
「ばか、質問は後だ。出席を‥‥待て、」

出席なぞとらずとも、皆いると思っていたが、まさか席がぽつんと一つ空いてるなんて思ってもみなかったもので、わたしは思わずまゆをひそめた。

「‥‥‥足りない」

クラスは35名の筈だった。
しかし、足りないのだ。34人の子供しか座ってなかった。

「そこの席、誰がいない?席にネームプレートが貼られてるはずだ、だれか見てくれな」
「けーじくんだよ、」

机の端に、初めてのクラスで他の子の席に間違って座ることがないようにと、貼ったネームプレートを、その子は見ずに答えた。
窓際、後ろから二番目。そこに座る少年が、声を出した。
そこに振り向けば、ばちり、と目が合う。少しだけ、鋭い目をしているその子は、目が合ってすぐにふにゃりと笑った。鋭い一瞬だけの目線にぞくり、とした感触があった。なつかしい、感じがした。

しかしその子には、覚えが一切ない。あの、昔の記憶にはなかったような顔である。
その子は、笑えば、窓の外を指を差す。

「おれがね、教えてあげたらさ、けーじくん、お花とりにいっちゃった。」
「は‥‥‥はな、だと」
「そ。お花。」

花壇にいるんじゃないかなぁ、とのんびり答えるその子は、困ったような笑い方がよく似合っていて、少しだけ大人びた印象だった。

「‥‥少しだけ、みんな待っててほしい」

そう言えば、即座に子供たちは元気よくはい、と答えた。
わたしは急いで外に出ようと教室のドアに手をかけた、その時である。


「いってらっしゃーい、孫市せんせ」


ドアを開け、教室から一歩外へ出た時、その言葉の異変に気がつく。

“孫市”先生、だと‥?

振り返れば、声をだした筈であるその子は机にうっつぷして眠る体制を整えていたあとだった。
たしかに、花壇にいる、と教えてくれた、あの子が今、声を出したはずだった。声が同じだったのだ。

しかし、わたしの記憶にその子の存在はなかった。
橙の髪をした子など、わたしは、しらないのだ。
教室を、後にした。














花壇に咲き誇る花の中に一人。
下は柔らかい土で、踏めば靴を汚すと見ればわかりそうだが、その地に子供が一人、ぽつんとたっていて。
後ろ姿だけしか見えぬが、どうやら靴だけでなく、制服まで汚れているらしい。
ため息を、空気にふれさせた。

「こらお前、なにをしている。はやくもどってきなさい。」

わたしが少し強い口調でその子に叫んだ時である。あとちょっとまって、とその子が叫んで振り向いた。

「ちょっと‥まて‥‥」

別に彼の言葉を繰り返したわけではない。そんなことではないのだ。

ただ、優しい声が。

「これで、いいかな!?」

そして振り向いた彼の手には、青くて綺麗な花が咲き誇っていて。
ああ、いつぞやで見た、あの光景だ。

「さっちゃんがさ、今日のあさいきなり教えてくれたからさ、ほんっと、まごいちがおれのせんせーになるなんて、びっくりだったから、急いでとりに来たんだ!ね、これでいいかな?」

その笑顔に、わたしは戸惑った。
どういうことか、理解なんか出来ずにいて、ああ、とりあえず授業中に抜け出した事を叱ろうとして、声に出せたのは、「この、」までだった。

「え‥‥えぇぇえ!?まごいち!どうして泣くのさ!ダメだっていうの!?おれじゃダメなのかい!?」
「う、うるさい‥‥泣いてない、この、からす、め‥‥」
「からすって‥‥なんだ、変わってないじゃんか」

そういってヘラリと笑う彼は、最後に見たあの頃と変わらない表情をしていて。


「なんだ‥。そんなとこにいたのか、前田‥。」


そう言って、花をわたしの手のひらで包み込めば、彼は照れたように、笑った。
その笑顔に包まれたこの世界は、なんて綺麗なのだろうと思えた。
その世界で生きるわたしは、なんて幸せなのだろうかと、わたしは思わず微笑んだ。




















「まごいち、何歳何歳?おれさ、もうそろそろ11なんだ!ねぇねぇ、10さいくらいの年下って、どうおもう!?」
「調子のんなマセ餓鬼」








――――――――
絶対こうなる(と信じてる。
死ねたになりますが、これの続きものです。死ねたなので自己管理お願いします。
ついでにもちろん窓際のうしろから二番目の席の子はさすけ君です。孫市さんは忍嫌いっぽいので、忍の顔は覚えてないって設定で(^^)
またその話もいつか書きます‥多分!




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -