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!輪廻転生
!少し特殊なお話全三話






「やあ旦那、おひさしぶり」

紙の筒に糸がついている、そんな摩訶不思議なものから、その聞こえる筈のない、しかし実際には声が聞こえてきた。
しばし驚いた己は、まばたきを数回繰り返した後、耳からその紙筒を離して目で見つめる。それを小さく振って、もう一度耳に近づけた。

「何だか風をきる音がしたんだけど‥旦那、頼むからこの糸電話、大切にしてくんないかなぁ」

これ、この一つしかないんだわ。やはりその声は紙筒の奥から聞こえてくる。己はごくりと唾を飲み込み、乱れた思考を整えようと目を瞑り、呼吸を深く繰り返した。
今度は頭を振る。とうとう幻聴まで聞くほど己は狂い始めているらしい。
そっと紙筒で唇を包み込む。

「久し振りではない。お前とは一年前会っただろう」
「そうだろうね。でも俺様にとってはおひさしぶりだよ真田の旦那」
「‥会っただろう。別れ際に話しもしたではないか。俺はお前に何がなんでも生きると約束した。何が不満でこうして幻聴まで聞かすつもりだ、佐助、」

お前はもう、この世には居ない身だろう。そういって糸電話とやらから口を離せば、そこから苦笑の音が小さく漏れてきた。

「違うんだ、旦那」
「何が違うのだ」
「俺様は佐助であって佐助じゃない。そっちの佐助は死んだよ。確かにね。でも、今喋っている俺様はちゃんと生きた人間さ」

なんと佐助の幻聴は意味不明な事まで言い出した。
ここまで自身の精神は壊れはじめているのかと絶望したその時、紙筒‥‥――佐助の言うには糸電話たるもの――‥の奥から苦笑する音が小さく聞こえてきた。

「疑ってるでしょ旦那」
「信じろというのか、死んだお前の声を聞けているこの幸せすぎる狂った夢を」
「あら光栄すぎるお言葉どーも。でもね旦那、だから俺様は死んでないの」

少しだけ説明させてよ。
そう言って長い話になるのは、いつもの、でも今はもう過去になった話だ。



その紙筒、糸電話に出会ったのは、ほんの一瞬の出来事だった。一年少し前までずっと肌身はなさず側に置いていた、大切な存在を脳裏に思い出し、より鮮明に思い出すためにそっと瞳を閉じたときである。かさり、と音がした。なにかと思った時にはすでに右手の中に違和感があった。目を開き、目線を下に下ろせばそこにあったのだ。
しばらく観察し、これはいったいなんであろうかとそれを振って耳の近くに持ってこれば、先程までの冒頭である。


「俺様は未来の猿飛佐助さ」
「死んだお前に未来などあるのか」
「あるさ。まぁ、来世というやつかな?」

そう言って佐助の名を語る幻聴はけらけらと笑う。それからゆっくりとこの奇妙な現状を丁寧に説明し始めた。

今話している自分は生まれ変わった佐助で、居る世界はまるっきり違うということ。自分がいる世界では戦もなにもない、平和な世なのだと。

これは夢なのだろうか、と一瞬疑問に思ったのだが、こちらの心を読んだのか、今日先程まで行われてた戦の勝敗をずばりと佐助が当てた事により、己はこの佐助が遠い未来の猿飛佐助なのだと信じ切った。

そこで一つの疑問が生まれた。
それは安心した時に生まれた。よかった、忍である彼も、再び生を掴むことができたのか、と安心したときだ。
一つの疑問が生まれた。

「佐助、お前がいる世界に、また俺は居るのだろうか」
「いないよ」

問えば間もなく佐助はそう答えた。

「いないよ、だから、俺様は生まれ変わって、こうやってお話してるんだぜ」
「どういうことだ」
「旦那は神様を信じているかい?」

佐助は己へそう聞いて、まるで思い出話を聞かせてくれるように、穏やかな声でこちらに音を届ける。

世の中には神がいて、命をそれはそれはたくさん奪っていた俺様は、その神に許してはもらえなかった。そのまま生に巡り出されることなく、無になる道を与えられた。真っ暗で、何もない道をね。
旦那はある日死んで、神にお願いした。自分の変わり身となって死んだ佐助をもう一度生まれ変わらせてはくれないかと。その変わり今度は自分が佐助の変わり身となってその暗闇の道を歩きましょうなんて。
旦那の必死のお願いに、神はなくなくその条件を呑み込んだ。だけれど、それでは少し可哀想だと、神は俺様に、昔の記憶とこの糸電話を与えてくれた。

「7日だけ、俺がいる世界と、あんたがいる世界を繋げてくれるらしい。この糸で」

糸が少しだけ揺れる。見えない向こう側にいる佐助が、指先で触れたのかもしれない。

「‥そうか、それならお前が生まれ変わった理由も納得できるな」
「こんな話信じるの、旦那」
「俺ならやりかねんだろう」

そういえばどっと二人で見えぬ相手に笑った。今、佐助はどんな綺麗な笑みを作っていたのだろうか。試しに糸電話の紙筒を覗いて見るが、見えたのはただの暗闇だった。







それからは毎日、(それも俺が一人でいる時に限って)佐助は糸電話の奥から話しかけてきた。
他愛のない話ばかりで、俺には楽しそうな声で話す内容、佐助がその世界で生きてきた人生、は随分楽しくなかった、と本人は笑いながら言った。
電話で話し合う日がつづいて5日目、今度は愛のある話を佐助がしてきた。

「俺様は、あんたが好きだった」

それは主従の一線を越えた、いわば夫婦の間柄がもつような感情なのだと佐助は打ち明けた。

「どうして死ぬ前に言わなかった」
「馬鹿だねぇ、死んだ後の今だからこそ、アンタの忍じゃないからこそ言うのさ」
「‥‥つまり今はもうお前は俺のものではないというわけか」
「違うよ、俺様の心は死ぬ前にアンタのとこに置いてきたからアンタのもんだよ」

少し照れてるのか、声が小さくて聞こえない。震えているような気もした。俺は一度、佐助、と名を紙筒に向かって呼んでみる。

「な、に」

鼻にかかった声だった。少し声がガラついている。そう、まるで、風邪を引いて声がだせないのか、あるいは‥

「泣いているのか、お前」
「伝えたかったんだ、アンタに、ずっと、ずっと‥、我慢していた、ずっと」
「‥‥そうか」
「うん」

「ならば言おう。俺もお前を好いておる。忍のお前も、姿が見えぬお前も。全てだ。」

俺も我慢していたのだ、お前から言ったのだからこちらも言葉を押し付けても構わぬだろう。
そうまくしたてながら言い放てば、すこし間を感じた。しん、と鳴いた空気音の後に聞こえたのは、う、やら、あっや、やら理解不明な言語、(もしかしたら呻き声だったのかもしれない)が耳に侵入してきた。

「馬鹿じゃないの、俺様が好きだなんて、どうか‥してる‥」
「そうか?」
「うん」
「そうか」
「そうさ」

俺は糸を小指に巻きつけた。その真っ赤な糸は小指を離さないようにキツく抱きついていた。

「だ‥だんな‥?」
「嗚呼、」

そうか己が知らない間にもうすでにお互いに想っていた、繋がっていたのだ。そう感じたと同時にひどく後悔が頭の中をかりかりと引っ掻きまわすように己を襲ってきた。
はやく気づいてやればよかった。愛を出せなかったその口に無理やりにでもこの口を重ねればよかった。彼はそれを拒むだろうがそれでも心の片方では幸せを噛みしめる事は出来ただろう。
なにより、彼の目を見つめ、彼の冷たい頬を両手で触れ、彼の目の前で、言ってやりたかった。

「好いて、おる‥」
「‥聞いたよ」
「好いておる‥」
「知ってる、」
「すいて、お」
「俺様もさ」

佐助を抱きしめたくなって、けれどもそれは現実的には無理に等しくて、しかしそれを諦めたくもなく、彼を近くに繋ぎとめようと糸電話を引っ張った。

「この糸を辿ればお前に会えるのか」
「いや、この糸の終わりには一生かけてもたどり着けないんだってさ」
「‥‥佐助、」
「はい」

「会いたい、」

すると佐助は馬鹿にするかのように、しかしそれは悲しみも含められた苦笑をもらしてきた。

そして、今すぐ消え入りそうな声で言った。


「覚えてて旦那。この痛みを与えたのは、近い未来のあんただって事をさ」


終わりにはいつもガチャンという音が鳴る。その後は無の音だけが筒の中で静かに奏でられる。
しばらくはっとすればいつも糸電話は消えていて、

(まるで俺が悪いような物言いだな‥)

しかし、果たして彼を生まれ変わらせることが悪い事なのだろうか。いい、悪い、のどちらにしろ、己にとってその選択はいくべき道なのだという決断は出来ていた。

未来の彼を考えれば考えるほどに。

この世界で戦でしか生きる術がなかった彼だ。自分の代わりに、もっとたくさんの事を見つめて欲しかった。
輝いている未来を、自分の幸せを、

(それだけで、いい。そうなれば、俺は、たとえこの先お前に会えないとしても、)




彼の声が聞けるのは、後二日残されていた。




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