ろぐ | ナノ






最近、激しい眠気に襲われる事があった。まるで、もう二度と、目なんか覚めないような深い眠りに誘われる、そんな感覚だ。
眠ったつもりもないのに、その時記憶がすっ飛んでいたりして、幸村は自分の身におこっている現象にまいっていた。
そして何故かわからないが、そろそろ自分は限界なのではと思い始めていた。
次に眠気がきたのなら、自分はもう二度と目を覚ます事はないだろうと。
理由はわからないが、どこかもう一人の自分がそう言ったような気がした。

それでもいいと思えた自分がそこには居た。自分がいなくなり、新しい自分が生まれたとしても、世界は変わらず回りつづけるのだから、さほど大して問題ないと思ったからだ。


ただ一つだけ気がかりな事があった。
佐助だ。佐助の存在がどうも気がかりであった。

幸村は、佐助の事が好きだった。その好意は、友情や家族愛とは違った、特別な形でできているものだというのは、幸村自身よくわかっていた。
しかし、その想いが言えずにいた。守れる自信がないからだ。
いつだったか、幸村は戦の夢を見たことがあった。そこで、目の前で佐助が死ぬのだ。それを見たその日は何回も何回も吐いたり喚いたり泣いたりした。気が狂いそうになったのだ。
だから、その夢をなかったことにし、遠ざけ、佐助との接触を少なくした。
そうすれば夢は見なくなった。しかしそれと同時に今度は眠気が出てくるようになったのだ。
そこで幸村は佐助を避けてきた事に、罪悪感を持つようになった。
幸村が佐助を避けてしまっていたとき、いつも佐助は悲しそうな顔をしていたからだ。

謝りたかった。謝って、想いを伝えたかった。
自分が、消えてしまう前に。

だから謝った。しかし、どうしても想いを伝える事が幸村には出来なかった。
最後に言えた言葉が、じゃあな、の一言だけだった。
深い闇が、幸村を優しく包んだ。















「どうして泣くのだ、佐助」
自分の胸で泣く佐助の頭を、ただ撫でる。
「幸村の存在が、お前を傷つけていた。だから俺が主人格になったのだ。幸村に、もう会わずにすむのだぞ」

そう言えば、佐助はまるで赤子のようにさらに泣いた。

「元々、この体は2つの人格に対して悲鳴を上げていたのだ。‥それに、幸村も納得して俺に、主人格を譲ったんだ」

そう言えば、佐助が小さく何か言葉を放った。耳をひそめる。何回も何回も、ごめんなさいとひたすら謝っていた。

「お前が悪くない‥」
「違うんだ‥違うんだよ旦那‥俺は、間違ってたんだ‥違うんだ‥」

佐助は泣きやまなかった。そっと体を離せば、糸が切れた操り人形が崩れていくように、床に落ちた。俺は佐助の背中を急いで支え、頭を打たないようにした。佐助の目線に合わし、しゃがみこんで彼に問いた。

「何が違うんだ?」
「‥‥俺はっ、旦那の存在がバレないように、幸と、深く接するのを、避けてたっ、でも‥でも‥」

思い出したんだ、と彼は真っ赤にした目で俺を見た。必死なその目に重なったのは、己の愛しいあの忍。死に際に俺に生きろと説いた時の、あの必死さとどこか似ていた。

「俺が好きになったのは、小さな傷も心配してくれる、あの綺麗な心を持った子だった。幼い時、みたあの笑顔だった。あの頃の真田幸村なんだよ‥。幸村も、旦那も、一つだった頃、‥‥あの時だったんだ‥!どちらも欠けてはいけないんだ‥!消えてはいけないんだ!」

わんわんと佐助は泣く。どうする事も出来なかった。佐助が泣く姿なんぞ初めて見たからだ。忍だった頃の彼は、心を殺し、己の前ではけして泣いた事はなかった。
そこで思い知った。自分はこの世界の佐助を何一つ理解していなかった事を。彼は、自分の世界で生きていた忍の彼と、同じで、そして全然違う存在なのだと。

もしもう一人の自分が、今ここにいたらどうするだろうか。彼を一瞬で泣きやませ、そして笑顔にする事ができるだろうか。
できるはずだ。もう一人の自分になら。
なぜならば、幸村は、佐助を理解し、佐助の全てを愛していたのだから。


「泣き止め佐助‥。大丈夫だ。幸村は帰ってくる。」


俺がそう言えば、佐助は顔を上げた。目が赤く膨れ、ボロボロになっていた。きっと明日になれば違和感の痛みがあるだろうに。そんな馬鹿で可愛い存在に告げる。

「さっきのはな、少しだけ嘘をついた。すまぬ、許してくれ。あのな、あやつはきちんと帰ってくる。お前が好いてくれた存在となって、帰ってくる。」

意味がわからない、と佐助はますます顔を歪めるので、俺は苦笑しながら優しく言う。

「あやつに、主人格を返すのだ。そして、俺達は一つになってまた元に戻るんだ。‥‥お前が愛してくれた、子供のころのような一つの魂になるんだ。」

俺がそう言って佐助の髪を優しく撫でれば、佐助は、少なくなってきていた涙の量をまたボロボロと増やしていく。

「そんなっ、そんな‥じゃあ、じゃあ、真田の旦那は‥‥!」
「佐助、言ったろう。俺達は一つになるのだと。どちらか一方が消えるわけじゃない。一つになるんだ。」

だから俺は、これから先も幸村の中で生き続けるのだと告げる。
真田の旦那、という肩書きで出てくることはもう、ないのだけれど。
それでも真田幸村として、彼を愛し続ける事は、これまでと変わりはないのだ。
変わらないのだ。

「しかし、そうなった場合、俺と幸村が一つになるということは、前世の記憶が幸村に帰るという事なんだ。もしかしたら、あやつにはこの記憶が耐え切れぬかもしれぬ。そのために俺が生まれたのだからな。もし俺があやつと一つになれば、確実にその記憶は幸村を苦しめるだろう。」

だけれど、と俺はそっと微笑んだ。
佐助の頬を優しくなぞる。水っぽくて、冷たくて、愛おしくて、たまらなかった。
嗚呼、俺は生まれてきて良かったと思った。幸村から生まれて、本当に良かった。
もし彼から生まれなければ、こんなに愛おしい彼を愛することが出来なかっただろう。
幸村には本当に感謝している。だから、譲ってやってもいいと思った。
愛おしい彼の隣で、沢山の景色を見る事を。笑い合う事や、喧嘩する事、一緒に泣いたり、手を繋いだり、そういった、幸せを。

「傷ついた幸村を、今度はお前が、癒やしてやってくれぬか‥?」

佐助はびしょ濡れた俺の手に自らの手を重ねながら、何度も何度も頷いた。
そうか、では安心した、と笑った時、ホロリと涙を零してしまった。
一度許してしまえば、己の涙腺は調子づいたのか、何個も何個も滴を零れ出していく。嗚呼、なんて情けない。

もう、己の意志で彼に触れる事はない。
接吻もできなければ、手を重ねる事も、この世界の政宗殿の文句を並べ、しまいには笑ってしまう、彼の笑顔を見る事すら、もう出来やしない。
でもそれでいいのだと思った。

彼が変わらずに笑い続ける事が、俺が今までずっと、望んでいた事なのだから。
戦の世で彼を幸せに出来なかったあの時から、ずっと、今まで。そして、これからも。
ずっとずっと、それしか俺は望んでいないのだ。俺も、もう一人の俺も。


「もういかなければ、佐助。なぁ佐助、」
「‥‥‥なに?」


「じゃあな、またあとでな」
「‥‥ああ、またあとで。旦那」


ゆっくりと彼の額にキスをして、目を閉じた。

お前の涙が乾きますように。
笑顔がまた咲き誇りますように。

そっとまじないをかけてやった。
愛おしい闇が、俺を優しく包んだ。















「‥‥‥」
視界がぼやぼやと霞んでいた。まるで、深い眠りから覚めた時のような、そんな感覚だ。
視界を上手く整えていれば、右端に橙色が映った。首を動かせば、すぐ近くに佐助の顔があり、心臓が止まりそうになった。

なにがあったんだ‥ったしか、眠たくなって‥それで‥

ズキリ、ズキリ、と頭痛が存在を訴えかけてくる。俺は額を佐助の肩口に沈めた。

「あれ、もしかして、幸起きてる‥?」

佐助がこちらを覗いてくるもんだから、視線をあげ、起きていることを教える。

「いきなり俺の胸で眠っちゃってさ、幸。動かないの一所懸命がんばったんだぜー」

そういう佐助の目が、何故か真っ赤に腫れていた。まるで、今まで大泣きしていたように。何故だろうか。寝不足か‥?

ズキリズキリと頭痛の悲鳴があがりっぱなしに、思わず顔を歪め額を掌で抑えた。
頭痛を察したのか、佐助が頭痛薬とってくる、と立ち上がった時。

がしり、と。
手を掴んでしまった。

「もう暫くは俺と共に居てくれぬか」

佐助は弾かれたように顔をあげ、驚いた表情を作った。
俺もまた同じように驚いたような顔を作る。
自然と出た言葉に疑問を抱き、頭痛が頭を刺激し、何かが小さく破裂した。
まるで水風船のようなものだ。破裂したそれは、今まで閉じ込めていたものを解放し、そっと自身の中に染み込んだ。
そして、嗚呼、と俺は小さく笑った。


「真田の‥旦、那‥?」


佐助は俺をそう呼んだ。俺はその呼び方を知っている。気が遠くなるほど昔、愛おしい存在からそう呼ばれていた。

全てを受け入れた。
痛々しい戦場を駆け抜けた日々も。血でぬれた愛おしい者も。団子を作ってくれた優しい彼や。そして、俺が消えることを拒んだ、可愛い彼を。
俺の全てを愛してくれた佐助を。


「ああ、そうだ。たしかに真田の旦那とは俺の事だ。でもそれは‥なんというかな、お前が忍のころに身分の違いによって呼んでいたやつであってだな‥つまりえっと‥つまり、‥ああもう!そんなことはどうでもいいんだ!佐助、一度しか言わぬから心して聞け!」


きょとん、とした佐助に俺は口を開いた。
言おう。
今まで怖くて言えなかった言葉を。
今なら言える気がする。
なぜならば、彼に対する愛が二人分ほど増えたからである。
さあ、聞いてくれ佐助。俺達の想いを。




「お前がすきだ!」



俺達が望んでいた笑顔が、咲いた。












―――――――――
終わり。
\アカーンこの文わけわかんないよ!/泣



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