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!現ぱろで特殊です





佐助は幼なじみの幸村が好きだ。その感情を、佐助自身が自覚したのは小学六年生の時だった。

二人で家まで競争だと走って帰っていたら、ひょんな弾みにうっかり転んでしまった。肘に大したことない擦り傷を作った佐助は、幸村に苦笑いしながら「転んじまった」と言った。その時だった。
幸村はその傷に柔らかくキスをした。触れるだけ。それだけのキス。

はやく治るよう、おまじないだ。

そう笑う幸村は、綺麗な顔立ちをしていた。その笑顔が、どんなものよりも美しく感じ、この世のものとは思えないくらい遠くに感じた。
神が存在するならば、きっとこんな顔をしているのだろうと、幼かった佐助は心の中でそう思った。それと同時に、ふつふつと特別な感情が湧き出てきた。
それが幸村に対する恋心だった。
しかし、それを自覚してからの五年の月日の中で一度たりとも幸村にそのような態度や表す言葉をあげたことはない。
怖かったからだ。周りに軽蔑される事や、幸村本人から拒否されることが。
だから、長い月日の間ずっと佐助はその感情を自分の中で何回も殺してきた。蘇っては殺し、蘇っては殺した。

友達に向ける笑顔をそのまま幸村にも向けながら、内側では抑えきれない、彼に対する愛情に、気が狂ってしまいそうだった。
幸村の愛がただほしかった。友情愛や、家族愛ではなく、特別な愛が。











「会いたかった」
彼と出会ったのは夏の事だった。寝ていた幸村を起こした時、目を覚ました幸村が第一声にこう言ったのだ。

「会いたかった、佐助、会いたかった‥!無事だったのだな‥っ!無事だったのだなっ!」

そう言ってしきりにきつく抱きしめてくる幸村に、佐助はびっくりし、触れた体温に、心臓が大袈裟に脈を打った。
しかし意味がわからなかった。幸村に抱きつかれる理由も、言葉の理由も。

「どうしたの?幸」

その佐助の問いに、幸村は必要以上に驚き佐助をゆっくりと離した。そして眉をひそめた。

「幸、だと?佐助、お前今、俺の事を幸と呼んだか?」
「え、あ、うん。いつもの事だろ?‥‥どうしたの?」

ふっと佐助は違和感を感じた。目の前の幸村がいつもの幸村じゃないように見えたからだ。見た目は同じなのに、明らかに雰囲気が違うのだ。まるで、そう武士のような、そんな雰囲気を目の前の彼は醸し出していた。
幸村は服を見つめ、次に部屋全体を眺め、そして佐助へと視界を戻した。

「佐助、俺はどうやら死んだみたいだな。」
「は?」

いきなり意味不明な言葉を放った幸村に、首を傾げていると、今何年なのだと幸村は聞いてきた。答えれば、納得したように幸村は数度頷いた。

「佐助、説明をするのは少々複雑なのだが、話を聞いてはくれるか?」

幸村はそう言うと淡々と話しはじめた。
自分は武士で、この時代よりもかなり昔に生きていた魂だと。
しかし、霊とは違い、自分はこの体の前世の魂であり、記憶であり、体自体は自分のものであるらしい。
幸村の体は徐々に昔の記憶を取り戻してきているのだが、幸村の人格がそれを恐れ、そして処理されない記憶が塊になり、人格を持って生まれたのが、自分であると。

「記憶から生まれた故、前世の魂そのもののようだ」

正直佐助にはそのような話信じられなくて、「幸‥俺をからかおうたって騙されねーぜ」と笑った。
すると幸村は首を振り、本当なのだ、とつぶやいた。

「お前の前世も知ってる。お前は、俺の忍だった。」

そして、それだけじゃないのだ、と言って、彼はゆっくりと佐助に近づいた。手を佐助の手に重ね、顔の角度を小さく斜めに傾けた。佐助はまばたきを数回したのち、自分の頬に幸村の長い睫毛が当たっている事を理解し、はじめて自分が好きでたまらなかった想い人である幸村にキスされていることに気がついた。
幸村がゆっくりと離れていくのを、佐助は真っ赤になりながら呆然と見つめる。幸村は苦笑し、はじめてだったのか、と呟いた。

「お前は、俺の想い人だった。」

お前もだろう?と幸村はそう聞いてきた。
そんな彼を見て、佐助は彼の話を信じる事にした。いつもの幸村が自分にキスするなんて行為、するはずがないからだ。あの子はきっと、自分を親友としか思ってないはずだったからだ。

「アンタの事‥何て呼べばいいのはさ」

そう聞けば、彼はそっと微笑んだ。
そして囁くように言った。


「旦那、と呼んでくれ。真田の旦那と」













“真田の旦那”はごくまれに出てくる程度だった。しかも、佐助の前にだけである。
のちのち幸村に「さっきの話だけど」と聞いてみれば、覚えてないごめんと言われ、やはり佐助は旦那の存在を信じるしかなかった。
旦那は、佐助に対して特別な愛情を持っていた。それは、佐助が幸村に対して持っていたものと同じで、そして幸村から貰いたかった愛情だった。
触れてくる旦那に、佐助は戸惑った。自分が愛してやまないのは幸村であるからだ。しかし、旦那は微笑んでこう言った。

「俺も、幸村も、“真田幸村”であることは変わりない。俺も幸村自身なのだ。元々一つだったものなのだから、問題などありはせぬだろう」

そう言われそっとキスが額に落とされた。
佐助自身、旦那に触れられるのは幸村とさほど変わらなかったし、懐かしささえ芽生えていた。それに、憧れてやまなかった愛しい者に触れられて、愛を囁かれ、幸せを噛みしめないことなどありはしない。ただ旦那の愛に甘えていった。
ただし幸村には旦那の存在を察せないように努力した。
もし幸村が自分のもう一人の存在に気がつき、その人格が、自分と親友だと思っていた者と愛を深めていたと知ったら。彼はどうするだろうか。
いや、考えなくても佐助には答えが見えていた。自分を軽蔑し、距離をとるようになるだろう。もしかしたら嫌われるかもしれない。その不安が、佐助を蝕んでいった。
旦那はそんな佐助を心配そうに愛した。

「心配するでない。お前の事は俺が守ろう‥」

そういって彼はいつも佐助の髪を撫でるのだった。



















「佐助、」
また新しい夏がやってきて、幸村が佐助の家へ遊びに来た時だった。
部屋まで案内して、いつものように机からお菓子を取り出していれば、部屋の前で突っ立ったまま入らずにいる幸村が佐助を呼んだ。

「佐助、」
「‥‥?どうしたの、幸」

幸村は下を俯いたままだった。近づき、彼の顔を覗けば、目がどこか虚ろだった。

「幸‥‥?」
「俺は‥‥」

幸村はゆっくりと顔を上げた。そこには痛々しい笑顔があって、佐助自身ひくりっと情けない声を出したのが自分でもわかった。
幸村は精一杯笑顔を作っているつもりだろうが、今にも死にかけているような、そんな笑い方をしていた。

「俺は‥‥俺はお前を‥」

そこまで言い、幸村は頭を抑えた。頭痛が走ったらしい。佐助は我にかえり、まって頭痛薬持っているから、と薬をさがすためその場からはなれようとすれば、がしり、と。
幸村の手が、佐助の腕を掴んだ。

「待て‥佐助‥俺は、お前に、‥いや、佐助。あのな、」

幸村はうまくまわってない呂律で言葉を繋げていた。どうやら眠たいらしい。
これは合図だった。
眠気がきたとき、旦那がくるという、合図。

「佐助、お前に、今まで、俺はわがまま‥ばっかり、言ったり‥それから‥俺の、身の回りの事してくれたり‥俺は‥お前に、迷惑ばかり‥かけていたろう‥」
「なにいってんの幸。迷惑じゃねーし、俺が勝手にやってた事だし‥」
「きっと‥俺は‥お前を、沢山、傷つけたりしただろう‥?」

確かに、沢山傷ついた事はあった。でも、それは佐助が勝手に抱いた感情のせいであって、確かに幸村の行動や言動が佐助を傷つけたのだとしても、それは幸村の責任ではない。そしてその事は、誰よりも佐助が一番理解していた。

「大丈夫さ。俺様は」

そう言えば、幸村はふにゃりと笑った。
笑って、

「ゆ‥き‥‥?」

泣いていた。
その涙の意図を、佐助は読み取ることができなかった。
ふっと。
幸村がゆっくりと動いた。そして、爪先立ちをし、小さく佐助の額に口づけた。
しばらく固まったままであった佐助に、幸村は弱々しく笑いながら言った。


「はやく治るよう、おまじないだ」


じゃあな。と。
たしかに幸村はそう言った。
そういって、倒れ込むように、佐助の体に身を預けた。
幸村の額が、佐助の肩口に押し付けられる。

佐助は動けなかった。
数ミリとも動けなかった。
それでもやっとの事動かせた唇で、音を震えながら小さく作った。


「幸は‥‥どこに行っちゃったの‥?」

その問いに、幸村と同じ声の返事が返ってきた。


「もう、あやつは帰ってこないだろう」


旦那が言った。
なぜならば、今、俺が主人格になったからだ。

その声に、嗚呼、と佐助は泣くしかなかった。









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