おはなし 8/4 01:05


!5部終了後
!トリたん軽く鬱












「わたしね、母が死んだ時、わたしも死のうかしら、と思った時があったの」
ふとそう言うトリッシュは、裸足で海と砂の境目をゆっくりと歩いていた。僕はそっとそれを見つめながら隣を歩く。

「だけど死ねなかった。死ぬのが怖かったの。」
「死に対する恐れは、人間にとっての特権であり、そして最大の勇気です。当たり前ですよ、そんなこと」

そういった僕の方へ振り向き苦笑する彼女は、初めて出会ったあの時からずいぶんと大人びた雰囲気を増していた。少なかった胸の脂肪が増して、顔立ちも体も女の子から女性に変化していた。変わらないのは、身長の数字くらいだろうか。

「わたしが狙われてるってわかって、保護されたでしょ。あなた達に守られている時わたしは孤独で母が恋しくて怖さに逃げたくて、‥死にたかった」
「気がつかなくて、すみませんでした」
「あはは!ううん、大丈夫よ、それはね、最初だけ!」

僕は海を見つめる彼女の横顔を瞳に映した。美しかった。どんな花よりも、宝石よりも、景色さえ、彼女の美しさには勝てるはずがない。
彼女の綺麗な瞳を、こちらに向けたかった。僕を見てほしかった。

「生きる意味を見つけたの。」
「生きる、意味」
「ブチャラティに、恋したの。皮肉にも、彼が死んだはずのあの日、わたしを必死になって守ってくれ、そして安息よりもわたしを選んでくれた、彼を」

好きになってた、と彼女は揺れる波を目の硝子にのせながら言う。僕は小さく苦笑しながら言った。

「わかってましたよ。」
「ええ、どうやらわたしって、周りから見ればわかりやすいみたいね」

本人はわかっていなかったけれどと彼女はクスクス笑う。僕は更に苦く笑った。彼女に手を伸ばし、抱きしめたい。抱きしめて、涙をそっと隠してあげたい。

「母はわたしの全てだった。唯一の肉親であったし、愛してたから。だから、死んだとき後を追おうとした」
「でも生きる意味を‥見つけた」
「‥ブチャラティはわたしの初恋だった。愛しくて、希望で、淡い光だった。当然、わたしは彼の隣にずっと居られると思っていたわ。」
「‥‥‥‥」
「また、わたしは生きる意味を無くしてしまったの」

彼女はそっと冷たい水に足を入れた。ちゃぶん、ちゃぶん。彼女の小さな踝が濡れててらてらと輝いている。きっと沈みかけた夕日がそうさせてるんだろう。

「死のうとしているのでしょうか?」
「さぁ」
「止めてもいいですか?」
「ふふ、大丈夫よ。まだ生きるわ。今逝ったら、説教喰らいそうで、こわいもの」

そういって笑う彼女に、誰が幸せを運んでくれるのだろうか、と僕は考えた。そうしなきゃいけないはずのあの人は、残酷にも彼女に手を差し伸べることなど出来やしない。

「あの、トリッシュ」
「なに?」
「僕があなたが生きる理由になることは出来ないのでしょうか、」
「え?」
「つまり、すきです」
「すきなの?えっわたしを?」
「ええ、あなたを。」

結婚してくれませんか、と言えば、彼女は苦く笑い、小さく首を振った。

「ごめんなさい、少し、びっくりしちゃった。ジョルノがわたしを好きだなんて。でも、本当、ごめんなさい。お断りするわ」
「すごく‥早い決断ですね‥僕としては少し、悩んで欲しかったのですが‥」

顔はポーカフェイスを醸し出している(つもりなのだ)が、心の中ではかなり、悲惨だった。僕の恋心は、大きな音をたてて崩れおちていく。しかし不満はなかった。納得しかない。答えを求めなくともどこかしらわかっていた。彼女の心に住み着くのは僕ではなく、触れられないあの人なのだと。

「ごめんなさいね、ジョルノ。わたし、結構性格わるいの」
「ははっ、気づいてましたよ」
「あら、スパイスガール出すわよ」
「ご勘弁を」

彼女は空を見上げた。海の次は空。どちらもあの人つながりである。あの人が大好きだった海と、そんな彼がいるはずの空。きっと、彼女はただ一人の好いた人を思い浮かべて空を見ているのだろう。なんて、つらい。

「ごめんなさい。あなた一人だけ幸せにすることは出来ないの」
「あなたを幸せにします」
「無理よ。もう、無理なの」
「‥‥‥そうでしょうか」
「ええ、だからあなただけ幸せじゃあ、ずるいじゃない。」
「なんて酷い」
「ええ。」

酷い女でしょう、と彼女は空に向かって笑う。もう幸せになれないと知りながら生きる彼女は強くて、脆いのだと知った。なんて僕は無力なのだろう。

「彼の運命とあなたの運命を繋げた僕も、相当酷いですね」

そう言えば、彼女は笑った。その酷さにわたしは感謝するわ、なんて言って笑った。その笑顔に幸せは含まれてなく、流れおちたのは、海の味と似た水滴だった。落ちて、海の一部になる。僕はただそれを見つめた。



本当に酷いのは誰だろうか。
自分の幸せを望まない彼女か、彼女の涙の理由を作った僕なのか。

嗚呼、それとも‥。

















――――――――
彼女の心を奪って空へと逃亡した、彼か








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