企画サイト『君とキスする5秒前』様に提出。 「行くよ、神童」 「ああ、待ってくれ」 神童が、すっと俺の横を通る。 その先には速水と浜野。 すると間もなく、読書中だった俺にスコン、と教科書を下ろして倉間が話し掛けた。 「次、音楽」 「…あぁ」 リノリウムの渡り廊下を蹴り、アルトリコーダーと薄っぺらい教科書を手に音楽室へと向かう。 「…いつまでやってんだよ」 「何が」 察しはつくが、聞く。 「神童と。ケンカでもしたの」 「…別に」 今まで何をするにもどこに行くにも一緒だった神童と、ここ1ヶ月ほどろくに喋っていない。 最初のうちはサッカー部も"やっと子離れか"なんて言って茶化してきたが、最近はこんな空気を感じて、浜野でさえも何も言わなくなっていた。 「じゃあ何で、そんな」 「…何でだろ」 ぴたりと立ち止まって、空、というか天井を見遣る。 「…霧野」 あとからあとから溢れる涙が、こぼれないように。 「悪い、腹痛いから音楽サボる」 泣き顔は見られたくなかった。 「お大事に」 ひらひらと後ろ手を振る倉間を確認してから、踵を返して誰もいない教室へ走る。 ガラガラッと扉を開けると神童が……なんて都合良くいるはずもなく。 もし誰か先生が廊下を通っても見つからないように、廊下側の壁に頭を預ける。 「…はぁ」 情緒不安定。 一言でそう言えば片付くが、そこにたどり着くまでにも道のりがあった。 「…」 小学校のころから、俺の隣にはいつも神童がいて。 まあ俺は、人見知りで臆病なのに話し掛けられがちだったり大役を任されがちな神童の、すこしでも役にたてればと思っていたのだが。 「…いつだっけな」 きっかけは。 朝学校につくと、神童が、俺の知らないような女子と仲良さげに話していた。 それが何だ、と思う人もいるかもしれないが、俺にとっては大打撃だった。 俺は、人見知りな神童のためにずっと一緒にいてあげてたのに、 本当は他の人とも話せるのに、君の隣にいたのに、ねえ。 俺はもういいの? そう思った途端、俺の中の保護欲とか愛とか全部ぐっちゃぐちゃになって、拗ねたような、達観したような気持ちになったのだ。 それで神童に積極的に話し掛けなくなって。 神童も萎縮しちゃって、俺に話し掛けなくなった。俺はまたそれが嫌で、やっぱもういいってことね、と距離を置いた。俺が焼き餅やいてるだけだってわかってたけど。 ねえ神童、俺たち確かに愛し合ってたよね。 手も繋いだし、ハグもしたし、キスもした。 愛しくて仕方ない昼を過ごして、会えなくて仕方ない夜を過ごした。 お前から向けられた笑顔は、映画のフィルムみたいに全部覚えてる。 ねえ神童、俺たちどこで間違えたんだろ。 素直に言えばよかったのかな。 それとも神童に謝ってもらえば、 いや俺が我慢すればよかったのか。 「…っ」 ぐすっ、と鼻が鳴る。 お前のことはよく知ってる。泣き虫で、責任感が強くて、あまり怒らないけど少し意地っ張りで…まあそれは俺も大概だけど。 そんな意地っ張りな俺たちは、きっと振り返れない。もう戻れない。 でも見てしまったよ、さっき通りすぎるときのお前の熱く悲しそうな目を。 お前があの子を、フッたって聞いたよ。 気のせいじゃないはずなんだ。 お前も気付いてるだろ。 近付いてった俺たちの関係は、どっかでぶつかって迷走中。 振り返れないなら、真っ直ぐ進むまでだ、いけいけどんどん。 …大袈裟かもしれないけど。 ひたすら真っ直ぐ進んだら、そしたらいつか、 俺たち地球の裏側でまた会えるよね。 もう一度正面から会えたら、また口付けを交わそう。 その日のために俺は、すれ違ったあの日から、突っ走り続けているんだ。 ただお前もそうだと信じて。 [*前] | [次#] [戻る] |