目を覚ますと英語のプリントが涎まみれになっていた。うわ汚い。急いでティッシュで拭き取ってみたが、小さくシミになってしまっていた。当たり前か。それにしてもこの部屋は暖房が効きすぎていて冬なのに暑く感じる。そしてふと自分の肩に制服のブレザーがかかっていることに気づいた。えっと誰の仕業だろうか思い当たる人物がまったくいないのだが。もしかしたら眠っている最中に自分で自分にかけたのだろうか。いつの間にそんな高度な技を覚えたのかは知らないけどそれしか考えられない。と思ったら違った。ちゃんとそこに犯人の名前が書いてあった。

『お疲れさま。自習室に寄ったら眠っていたので。よかったらメールください。つきしま』

というメッセージの下にはまた丁寧すぎる字で、おそらく彼のであろうメールアドレスが明記されてあった。…何だろう、これが新手のナンパってやつか。相手が眠っている間にそんなメモを残しちゃうなんて肉食なイケメンすぎるだろ。というくだらない冗談はおいといて、おそらく彼は俺に急用か何かがあるということでいいだろうか。用事の内容がまったく思いつかないがきっと学校関連の何かだろう。それにしてもなぜ平仮名で名前が書かれているのだろうかとても不思議だ。不思議に思ったから彼にメールすることにした。しかしよく考えたら、この“つきしま”は俺の知ってる月島じゃないかもしれないのか。違うどっかの月島くんかもしれないし、月島を装った佐藤くんか田中くんかもしれない。そもそも性別だって不明なのだ。うーん…やっぱりメールするのはやめよう。だってこわいから。もしかしたら巨乳の女の子のアドレスかもしれないけどこわさには勝てない。でもこのアドレスの人は優しい人に違いないだって机のうえで眠っている俺に上着をわざわざかけてくれるなんて。と思ったけど、そういえばこのメモを残した人イコール上着の人である確証はどこにもなかった。







「おはよう」
「…おはよう」
「今日も眠そうだね」
「うん眠い」
「あのさ」
「…ん?」
「今日の数学の宿題でわからないところがあって。…よかったら教えてくれない?」
「うんいいよ。どの問題?」
「ここなんだけど…」

隣の席の高橋さんは癒し系の女の子だと思う。失礼な話決して美人さんではないのだが、雰囲気が柔らかくてわりと好きなほうだ。赤いマフラーがよく似合ってるなと密かにずっと思っているのだが、今日は俺よりも先に学校に着いたみたいでそれはもう膝掛けとなっていた。うわ残念。

「あとはこの方式を使えばいいだけ」
「あ、そっか」
「うん」
「ありがとう」
「いえ」

誰かのために自分という人間が使えるならばそれは少しでも嬉しいことだ。まあ数学以外の教科は教えてあげるよりも教えてもらいたいくらいなのだが。

「おはよう、ゆき」
「…おはよう」

懸命に数学へと立ち向かっている高橋さんの姿をぼーっと見ていたら、いつの間にか月島が近くにいてびっくりした。そうだ彼に英語とかを教えてもらいたい。それにしても朝に話しかけられることは今までになかったのに。まあ何でもいいけど。朝は基本眠いからすべてにおいてどうでもよくなる。

「昨日の、見た?」
「昨日の…?」
「俺、自習室に寄ったんだけど」
「あ」
「読んだ?」
「えっと、読んだ。じゃ、これ月島のメアド?」
「そう」
「あの、個人情報を公共の場におくのはちょっとどうかと」
「と思って、平仮名で名前書いといた」
「あ、そう」
「メール送ってくれないの?」
「送る。…もしかして昨日、急用とかだった?」
「まあそれなりに」
「えっ」
「でも大丈夫」

大丈夫って何が大丈夫なんだろう。そしてさっきから高橋さんがチラチラこちらを見ているような気がする。なんだろう、俺と月島がしゃべっているのをめずらしがっているのだろうか。いやでもさすがにもう珍しいものでもないと思うのだが。

「ありがとう。電話番号も聞いていい?」
「わかった、送る」
「ごめんね赤外線通信のほうがいろいろと早かったね」
「いや、それは大丈夫だけど」
「だけど?」
「昨日のあれ、新手のナンパかと思った」
「……」
「なに?」

急に押し黙った彼を見上げると何故かすごく真剣な表情をしていて、何を考えているのか俺にはまったく見えない。

「ゆき」
「ん?」
「あのさ」
「なに」

と言ったところで思いっきりチャイムの音が鳴った。

「やっぱり何でもない」
「え」
「本当に何でもないから。いろいろとありがとう」

ありがとうという言葉を聞いて思い出したのは昨日の上着のことだった。きっとやっぱり犯人は彼に違いない。だからそのお礼も含めたメールをしようと去っていくその背中を見て思った。そしてチラリと隣を見ると、また彼女も月島をずっと見ていた。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -