今日も自習室に向かおうとして、ふと思いとどまった。昨日は珍しく早く寝たので、そんな所へ行ってもまったく眠れなくて結局宿題をやる羽目になってしまうだろう。明日までの宿題は国語と英語か…嫌だやりたくない。だからといって図書室で読書をするという選択は絶対にない。帰宅するのはもってのほかだ。いろいろ考えた結果、今日は教室に残っていることにした。椅子に座って机に顔をくっつけながら、うるさい奴らが早く消えてくれないかなあと願っているといつの間にか見渡せば一人になっていた。よかった、これでやっと息ができる。しかし困ったことにやることがまったくない。退屈は嫌いではないが面倒ではある。仕方なく窓の外に視線を移すとそこには運動部の姿はなかった。代わりに在るのは空から降ってくる雨で、ごそごそと鞄の中を探すと折りたたみ傘が入っていたので少しほっとした。別に傘をささずにあの空の下を歩いたところで死ぬわけではないから、そんなに重要なことでもないのだけれど。

「居残り?」
「…うん」
「何してるの?」
「別に、何も」

せっかく一人の時間を満喫していたのに、急に教室に入ってきたクラスメートの月島に邪魔された。あれ、ついこないだもこんなことがあったようななかったような。なんだこいつもしかして俺に嫌がらせでもしたいのか?嫌がらせするならばもっと厳しい方法にしないと俺には効かないのに。

「帰ろうと思ったら傘ないのに気づいてさ」
「…これ使う?」
「それは永田のだろ?それより名字じゃなくてあだ名で呼んでもいい?」
「えっ何を…?」
「悠生だからゆきって呼んでもいい?」
「えっ…いや、いいけど」
「よかった」

その笑顔があまりにも綺麗なのであんまりこちらに見せないでほしい。綺麗なのは自然だけで十分なのだ。例えばグラウンドを濡らす雨とかそういうの。ガラス窓に映っている自分とその側にいる月島を見て、なんだか異世界にきてしまったような気がしてきた。

「俺は雨に濡れても気にしないからこれ使っていいよ」
「気にしたほうがいいよ、体によくないし」
「…そっか」
「ねえゆき」
「ん?」
「好きな食べ物、何?」
「アイス」
「はは、体に悪いな」
「そうかな」

食べ過ぎたらきっと悪いのだろうけど、単体ではそうでもないと勝手に思っていたのだがどうだろう。好きな食べ物はたくさんあるので今の気分的にそう答えただけなのだ。それにしても俺の前の椅子つまりサッカー部の武石くんの席に勝手に彼が座っているのだけれどいいのだろうか武石くんはキレたら絶対に怖いだろうに、と思ったけど月島は人気者だからきっと大丈夫だろう。というか運動部の皆さんは雨にやられてみんな帰宅したよな、きっと。

「俺そろそろ帰るので」
「えっ何で?」
「母親がピーマンの肉詰めを作って待っているので」
「へえ、うまそう」
「それじゃ」
「でもまだ5時だけど」
「今日の夕飯は早いみたいで」
「ゆきは好きな人とかいないの?」
「わかんない」
「じゃあ好きなタイプは?」
「巨乳」
「へえ巨乳好きなんだ」
「うん」

あれ、以前一緒に帰ったときよりも月島との会話のキャッチボールが上手くいってるような気がする。別に上手くいってるところで何も良いことはないのだけれど。しかし何故ただのクラスメートにこんな余計なことまで聞かれないといけないのか。それはもしかして雨の所為なのかそうなのか。

「そろそろ帰る」
「…帰りたいの?」
「多分」
「そっか」
「うん。さようなら」
「バイバイ」

教室の扉を閉めてから、傘を持たない彼を一人置いてきたことを少しだけ後悔してきたが別にいい。彼は俺より何百倍も頭が良い人間なので、わざわざ雨に濡れるような帰り方はしないだろうしそもそも彼は俺と違って多すぎるほどの選択肢を持っているのだ。というか彼が雨に濡れようが風邪をひこうが自分には関係ないことだ。だからどうだっていい…たぶん。せっかく念願の一人になれたのに心がなんだか落ち着かないのは人間だからだろう。家に着いて冷蔵庫の扉を開くと鮭が入っていたので、今日の夕飯は鮭なんだなとぼんやり思った。




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