「ね、文化祭なにやるの」
「あ?だから喫茶店だって」
「奈月さんは当日なにすんの?」
「あー、まだ詳しい時間は未定だけど半日くらいは多分ひたすら接客」
「接客?!」

接客という単語にびっくりして奈月さんに視線を投げかけてみたけれど、彼は手元の雑誌に夢中らしくまったくこちらに見向きもしない。狭い部屋の中で、時計の針の音がやけに大きく響いている。

「接客って普通、女子がするんじゃないの?」
「女子は作る専門」
「……あぁ、そっか」

そうしてまた俺は、体育座りしている自分の膝に静かに顔を埋めた。こうしていると、真っ暗闇に居るような気になって嬉しくて泣きたくなる。眼に映る景色のすべてに溶け込めたら、それはどんなに素晴らしいことだろう。ふくらはぎに爪を立ててみて考える。気持ちだけ空回りできたら、やはりどんなに幸せだろう。心だけじゃなくてこの身まで幸福になることが最善だとわかっているのに。どうしようもない。

「元気ねえな」
「いつもこんなんだよ」

うずくまってままぼそぼそとしゃべる。ここ数日は奈月さんにも会いたくなくて出来るだけ一人で居ることを心がけて過ごしていたのだが、今日いきなり家に彼がやってきたので仕方なしに迎え入れてやったのだ。休日だからって遠慮ないな、くそ。

「最近ちょっと楽しそうだったのに、何かあった?」
「楽しい時なんかない」

投げ遣りに聞こえるかもしれないが、いつだって多分俺の答えは本気だ。本当のことかどうかはあまり信用できないけれど。

「俺と一緒に居ても楽しくないと?」
「知らね」

もう何にも知らない。考えることを拒否した頭の中で、過去の切り取られた映像達が駆け巡っていてますます情けなくなる。

「ゆーきくん文化祭一緒にまわる?」
「いい」
「あ、もう誰かと約束してる?」
「してない」
「じゃあいいじゃん」
「……」

自分のベッドの上で体育座りして居ると、絨毯に座っている奈月さんと目が合う。なんだか前より髪のパーマが激しくなったように見える。

「はあ、もうなんなのお前死ぬの?」
「死なない」
「じゃあ何で元気ないんだよ」
「……」

彼はつまらなそうな表情で投げ遣りにそう言いながら真っ直ぐな視線をこちらに向けたので、俺は黙ってベッドの上でうつ伏せになって今度は枕に顔を埋める。

「……奈月さん」
「何?」
「あの、やっぱり文化祭一緒にまわってくれませんか?1日目か2日目のどちらかでいいので」
「俺は最初からそのつもりだったんだけど。つか、さっき何で断ったの」
「いやなんか奈月さんの友人方に申し訳なくて」
「そんな余計な心配要らねえっつの」

ちょっと起き上がって彼を見てみると、どこからどうみてもいつもの奈月さんですごく安心する。確か月島とかなんとかって奴に文化祭一緒にまわろう的なことを誘われた気がしなくもないが、そんなことは既に忘れてしまっている。あいつが此方の意見を気にしているかどうかは置いておいて、俺自身はまったく誘いにのるつもりは無いのでもうそんな過去のことはどうでもいいのだ。あの日、よく覚えていないがあいつをあの部屋に一人置き去りにして俺は何にも言わずに帰宅した気がする。ちなみにそれから今日までの数日間、俺はあいつを意識的に避けて生きている。理由は明確で、これ以上あいつの傍にいたらおかしな道に進んでしまいそうに思えたからだ。というのはきっと嘘で、本当はただ怖いからだと思う。誰か一人に強く己の存在を認識され、その上触れ合うことを自分は恐れている。情けないことに。

「……腹立つな、あいつ」
「あいつ?」
「あいつだよ」
「誰だよ」
「月から始まる奴」
「あー、最近やたら仲良い月島くんね。脚本がどうだかってあれ?」
「違うそんな話はとっくに終わってる」

再び枕に顔をくっつけて、ぼそぼそしゃべる。基本的に奈月さんには何でも、といっても全てではないが大体のことは話す。すると突然テーブルの上に放置していた俺の携帯のバイブ音が部屋中に響いた。

「あ、噂をすれば月島くんから着信」

そう言って彼は携帯をこちらに渡そうとするが、受け取る筈もない。あの日以来、月島からくるメールや電話には完全に無視をしているのだから。それにしても奴の精神力にはやはり驚かされる。あと何回俺がスルーすれば月島は挫けるのか。というかそれよりも疑問なのは、何故こんなにも奴は俺を構うのだろう。まったく面白みのない人間だということは流石に彼も分かっているのだと思うけれど。

「電話出ないの?」
「うん」
「なんで?」
「なんでも」

ふーん、と奈月さんが返事したと思ったら、彼は俺の携帯を耳につけて何やら話し始めた。……えっ?ちょっとなに勝手に人の電話に出てるんだよこいつ。いつもより高めのトーンで彼は電話の向こうの奴と楽しそうにお喋りを始めたので、俺は文句の一つも言えずに黙ってその様子を眺める。少ししてから、またその携帯を手渡される。

「なんか月島が用あるって」
「……」

いや、それは知ってるから。だからこいつわざわざ電話してきたんだろうが。

「なんか謝りたいって言ってるけど何かされたの?」
「……」

何と答えれば良いかわからなくて途方に暮れる。しかし、ここでそれを受け取らないわけにもいかないので、仕方なく携帯に手を伸ばす。はあ。

『……お電話かわりました』
『かわりましたって、ゆきにかけたんだけど俺』
『知ってる』
『元気?』
『それなりに』

彼の微かな笑い声が耳元で響いて、なんだかくすぐったく感じる。

『あの、ごめんね?ちゅーしたこと怒ってるんだよね?』
『別に怒ってない』

ちゅーってなんだよこいつほんとに気持ち悪いな。

『でも避けてるよね、俺のこと』
『うん』
『なんで?』
『……あの、また変なことされるかと思ったから』
『変なこと?』
『うん変なこと』
『もしかしてちゅーのこと?』
『多分そう』

だからその気色悪い言い方やめろって吐き気がする。ところで電話の向こうの声が奈月さんに聞こえたら相当やばいなこの会話。いやでもまあ、もういいや何でも。それにしても、電話でも彼はいつもと変わらなくて安心する。変におとなしかったりしたら面倒だ。

『わかった、もうしない』
『……ほんとに?』
『本当に。もうしない』

彼の声がどこまでも穏やかでぞくぞくする。それはきっと初めて電話で会話をしているからだろう。俺はいま白い壁をずっと見つめながらベッドの上で座っている筈なのにどうしてかふわふわしていて、此処ではないどこかで浮いているような気さえする。浴びせられている奈月さんからの視線を感じることもせず、携帯をぎゅっと握りしめて聞こえてくる彼の声にただ集中をする。

『だからさ、離れないで』
『……わかった』

なんで今、応じたのかもよくわかってない。数秒の沈黙があったわりには何にも考えていないのだ。俺はものすごく久しぶりに月島と会話をしているような気がして、嬉しくて堪らなかった。




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