今度、文化祭があるらしい。普段から学校行事にあまり関心がない俺はどうでもいいものとしているが、クラスでの出し物の内容はともかく一人ずつの役割を自分不在のときに勝手に決められるのは流石に嫌に思う。結局そうなってしまったから今更どうこう言ったって仕方のないことなのだけれど。保健室でひたすら眠っていた自分は本当についていない。







あのとき、唇をはなす月島と目が合ってまず先に口を開いたのは俺の方だった。

「えっと今、何時?」
「……え?い、今?え、えええっと昼休み。うん昼休みが始まったとこ」

何故かものすごく焦っている彼を横目に見ながら思う。こんなに腹が減っているのは今がもう昼休みだからか、と。結構な時間を睡眠に費やしてしまった。そりゃ頭も痛くなる筈だ。元々勉強が不得意なのに授業やばいな誰かノートを貸してくれるだろうか。なんだか胃がすっきりしない感があるが、全力で身体が空腹を感じている。

「じゃあ俺先に行くね」

お腹すいた、と口にしようとしたらその前に月島は唐突に立ち上がり素早くこの場を去っていった。何しに来たんだあいつ。俺はゆっくりとベッドから降りて、保健の先生と少し会話をしてから保健室を出る。その瞬間に寒さが全身に突き刺さって、体を丸めて歩く。歩いていてどうしてか違和感でいっぱいになる。ガンガン鳴り響く頭や落ち着かない胃もその原因だと思われるが、それよりももっと大きな……。

その瞬間、さっきのあれを鮮明に思い出して発狂してしまいそうになる。そういえば、確かに一瞬だけ触れてしまっていた。キスなんてそんな意味のある行為ではなかったように思う。ただ唇と唇がほんの少しくっついただけのもの。なんだったんだあれは。

教室に着くといつも通りの騒がしい昼休みの光景だった。月島を探してみれば彼もまた通常通り友人達に囲まれて笑っている。なんだか最近あいつの行動が理解不能すぎて宇宙人か何かなんじゃないかと思えてきた。

「えっもう大丈夫なの?」
「うん治った」
「いくらなんでも早すぎだろ」

弁当を持っていつものところへ行けば山田が変な表情でそう言う。お前らなんで普通に食ってんだよ見舞いくらい来いよお前らが来なかった所為で変な展開になっちまったんだぞ、と思ったけれど口には出さなかった。

「そういえば永田、話考えるの得意なんだって?」
「は?」
「さっき授業で決めたんだよ、文化祭で何をやるかって。うちは劇をやることになったんだけど、それで脚本を誰が考えるかって話になって。誰も手を上げなくてどうしようかってときに永田がそういうの得意ってことでお前に決まったんだよ」
「は?」

ちょっと何言ってんのかわからないです山田くん。

「お前文系っぽい顔をしているくせに数学しかできねーからすげえびっくりしたんだけど。なに案外そういうの得意なの?」
「いいえ不得意です」

国語なんて理科の次に苦手な教科なのに脚本を書けだと?え?びっくりしすぎて空腹なのに箸が進まない。なんで俺がそんなの得意なことになってんだよ。くだらないニセ情報を流したのまじ誰だよ。すると、ずっと黙っていた新橋がクリームパンをかじりながら呟く。

「だって月島がそう言ってた」
「はあ?!」

驚愕のあまり椅子から転げ落ちるかと思った。珍しく大きめの声を出してしまってまわりの人にチラ見されたが、気にしている場合ではない。

「そう、それで監督を月島がやるんだってさ」
「……お前らは何やるんだよ」
「俺は適当に目立たない役でもできればいいやって。まあ、お前の脚本ができないと何の役かも決まらないけどさ」
「はあ、新橋は?」
「美術係」
「舞台の背景とか作ったりするあれだよ。まあ、お前の脚本ができないと何も始まらないけどな」

山田うぜええええさっきから何なんだよお前。しかしそれよりもうざいのはあいつだ。まじで何を考えているんだ、あの野郎。月島を視線で探すと彼は変わらず友人達と楽しそうに会話をしている。その光景を目にして本気で苛々してしまった。しかし、あの中を割って入るなんてそんな高度な技を俺は持ち合わせていない。仕方ない、ここはメールするしかないか。

『どういうことだよ』
『ごめん』

……ごめん?いや答えにまったくなってねーからと思って彼を見ると、月島もまた俺を見ていて何故かものすごく申し訳なさそうな表情をしている。

『なんでこんなことになったの?』
『ごめんね。嫌いにならないで><』

はあ何言ってんだこいつ。苛々しすぎて携帯を反対に折り曲げそうなったので、俺はもう残りの休み時間のあいだひたすら食べることに徹することにした。鮭のふりかけがかかってるご飯はやっぱりうまい。



「ありがとう、明日返します」
「いやいやもっと遅くなっても大丈夫だよ。体、お大事に」
「ありがとう」

休んでしまった授業のノートは隣の席の高橋さんに借りることにした。字が汚い男連中よりもよっぽど分かり易いと思ったからだ。今日だけで彼女にはいろいろお世話になった気がするので、後で何かお返しでもした方がいいかもしれない。帰りの支度を一人でしているとどこかから視線を感じたので、振り向けば月島がこちらを見ていたのだが彼は友人と喋っている最中だった。相変わらず器用な男だ。

そういえば今日だけでいろいろなことがあった。体調不良になったと思ったら恐らくそれはただの睡眠不足で、目が覚めれば同級生の男にいきなりキスをされ自分の知らぬうちにクラス劇の脚本担当になっていた。はあ頭痛が止まらない。世の中わけがわからないのでもう帰ろう。今日は自習室にも行きたくないと思って廊下に出て一人で歩いていると、後ろから誰かに呼び止められた。まあ俺をそんなあだ名で呼ぶ奴はこの世にたった一人しかいないのだけれど。

「ゆき、もう帰るの?」
「うん」
「あの、ちょっと話があるんですけど……」
「文化祭のこと?」
「えっ文化祭?」
「違うの?」
「ち、違わないです」

なんでこいつ敬語なんだろうと思いながら二人で廊下を歩く。目指すは静かな場所だ。彼が本当に話したい内容など分かり切っていたが、聞きたくなかったのだ。単純な毎日が少しずつ複雑になってきているように俺は思えてならなかった。




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