今日は朝、目を覚ましたときから体が非常にだるく気分が悪かった。そして肌寒いのが尋常ではないのですぐに風邪をひいたのだとわかった。馬鹿は風邪をひかないのではなく風邪に気づかないのだとよく言うけれど俺は気づいた。よって俺は馬鹿ではないことが判明した。というような思考回路だから自分は馬鹿なのだと思う。とりあえず額に触れてみる。熱くもなんともない。いたって正常である、多分。熱がでてないのなら仕方ないけど学校へ行くしかない。というわけで、只今授業中なのだが頭がぐるんぐわんしてる。頭痛いし気持ち悪いし吐き気がするし吐きたくないしぐるんぐわんするし。唯一得意な科目である数学の授業なのに頭に全然入ってこない。うわあなんかもう天に召されたい気分だ。

「大丈夫?」

声を潜めて隣の席の高橋さんが言う。俺の体調がよろしくないことにおそらく気づいたのだろう。全然大丈夫じゃないけれどとりあえず頷いておく。黒板とノートを交互に見やって必死に手を動かす。何にも考えずに動かす。寒くてしょうがないけど動かす。こんなふうに時間を過ごしていって気がつけば授業終了の合図まであと7分になっていた。よし、あと少しだ。まあまだ1限でこれからが長いのだけれど。早退という文字が頭に浮かぶ。どうしよう、しようかな。的なことをぼんやり考えていたら急に自分の名前を呼ばれてびくりとする。前を見ればこの問題の答えを答えろみたいなことを先生に言われた。まじかよ俺は今とても気分が悪いというのに空気読めよハゲ。お前ならできるよなみたいな目やめろ。うわあまだ解いてねえよどうしよ。と思ったら、隣からスッとノートがこちらの方に少しだけ動いた。それを視界に入れると二重線が下に引かれた答えらしきものが端に書いてあった。瞬時に前を見ながらあたかも自分で解いたかのようにそれを言うと、正解だと言われてほっとする。はあ助かった。

「さっきはありがとう」
「いやいや永田くんの普段の教えのおかげで解けたからお礼を言うのはこっちだよ。それより、大丈夫?」
「……たぶん」
「ほんとに?顔色悪いけど」
「まじか」

俺は今、顔色悪いのか。それは気づかなかった。休み時間になって賑やかになった教室を抜け出してトイレへ向かう。はあなんだか頭がぼーっとする。大体いつもぼーっとしているけどいつも以上にぼーっとしている気がする、頭が。ぼけぼけした気分のまま扉を開くとそこには何人かの生徒がいたけどスルーして鏡の前に立つ。顔色、悪いのかこれ。自分ではよくわからない。

「おはよう」
「なんだ山田か」
「なんだって何だよ?!さっきから俺いたけど?!」

朝からうるせえ奴だな。頭に響いて死にたくなるからもう少しボリュームを落としてほしい。それにしても気持ち悪いのが止まらないもう世の中が気持ち悪い。

「つーか顔色悪いぞ、お前」
「まじで?」
「うん。大丈夫か?体調悪い?」
「それなりに悪いかも」
「保健室行けば?俺付き合うし」
「いや、一人で平気」

そうか早退しなくても保健室で寝るという選択肢もあったのかすっかり忘れていた。心配してくれているらしい山田を振り切って2限開始のチャイムを聞きながら一人のんびり保健室へと向かう。あぁ気持ち悪い。それにしても山田にあんな眼で見られたのは初めてで、少しだけびっくりした。本気で心配しているような眼。クラスでは最も親しい間柄だか普段互いに深入りはあまりしない、その程度の関係なのに。と、ここまで考えてなんだかアホらしいなと思う。誰かの体調が優れなかったら心配するのが人間というものだろう。

廊下にトイレと寒い場所にいたからか保健室に入ってみるとそこはもうすげえ暖かった天国だった。それでも肌寒いのは止まらなくて保健室独特の空気に酔ってしまいそうになる。保健の先生からのいくつかの質問に答えてから熱を計ったらただの微熱だった。真っ白いベッドの中に入って真っ白い枕に頭を乗せ真っ白い布団をかぶる。一つのベッドを囲う黄色いカーテンが静かに閉められる。そしたらあぁもう世界には俺しかいないのだという馬鹿な考えが頭に浮かんだ。線の入った天井を見つめていてもなんだか落ち着かなくて現実から逃げるように眼を閉じた。



中学生の頃、一時期(どれくらいかは忘れた)朝と帰りだけが幸せだった。それ以外は地獄だった。家族には何にも言わなかったというより言えなかった。笑顔で俺の帰りを待つ母親、家族を養うために働く父親、一人っ子の自分。こんなみっともない人間に育ってしまったことが自分で許せなかった。朝と帰りには奈月さんがずっと隣にいてくれた。奈月さんが違う友達と親しくしているのを見かけると嫉妬心でどうにかなりそうだった。腹立って腹立って彼を傷ついてしまいたくなった。でもそんなことをしたら本当に自分は一人になってしまう。だから俺は堪える。両手で体をつねって堪える。それでも一回だけ耐えられないときがあった。そのとき俺はよくわからないことを吐き出してしまったのだ。

「ねえ、俺と一緒にいて楽しいの?」
「……」
「楽しいわけがないよな。だって楽しくないからみんな俺のことを嫌ってるんだ。だからほんとは奈月だって俺のこと嫌いなんだろ?わかってる。わかってるよ。俺なんかと一緒にいてもみんなに好かれ続ける奈月には俺の気持ちなんてわからないよな。だからもう明日から一人で学校行くし一人で帰るからもういいよ」
「……」
「じゃあ俺もう先行くから」

冬のとても寒い日の帰り道、俺は言った。隣にいる奈月さんの顔を見ずに俯きながら言った。何にも言わない彼を残して早歩きをする。隣に誰もいなくなった途端にさっきよりもすごく寒く感じて一人と二人ではこんなにも違うのだなと思った。一人では生まれないもの、二人になってようやく生まれるもの。それは何だろう例えばどんな感情が生まれるのだろう。……ようやくひとりになれた、はあ清々したよかった。

「ねえ、なんで泣いてるの?」

早歩きしているのに何故かすぐに追いつかれた。さすがはテニス部エース。いや別にテニスは関係ないか。俯いて歩き続ける俺の腕をきつく引っ張る。そしていつの間にか奈月さんの家に連れてかれていた。彼の部屋に入ってもどうしてか涙は止まらない。

「いつも一人で泣いてるの?」
「……」
「泣くって全然みっともないことじゃないよ生きてく上できっととても重要なことだよ。俺の前では恥ずかしいとかそんなこと思わなくていいよ。俺、今すんごく安心してる。だって悠生、悲しいときも泣かないから」

少し早口でそう言う彼の顔を見ようとしたけど涙が邪魔してそれはかなわなかった。

「それから俺は悠生のこと嫌いにはなれないよ。だって理由ねーもん」
「……知ってる」

ぼそっとそう言うと奈月さんの小さな笑い声が聞こえた。そして頭に手を乗せられて小さく撫でられる。俺はされるがままでいながらその温もりに確かな幸せを感じていた。そっか、これが一人では決して生まれないものか。……そう、ちょうどこんな感じの温もり。髪をゆっくり梳かれて、悪くない感触だと思う。ん?感触ってこれは誰の……



目を開いて視界に広がるのは線の入った天井。そしてふと視線を感じて左へ顔を向けるとそこにいた人物と目が合った。頭に触れていたのはこいつか。というか現在進行形で触れている。

「体調、大丈夫?」
「……うん」

そういえば体調が悪くて今ここにいるんだった何もかも忘れてた。肌寒さも感じないし吐き気もしないし、うんだいぶ体調がよくなった感じだ。ただ相変わらず頭は痛い。というかより頭痛がひどくなっている気がする。もしかしてずっと眠ってたからだろうか。今、何時だ。

「泣いてる」
「……え」

顔を手で触れてみるとそこには水滴があった。なんで。……あぁ、あんな夢をみたからか。

「嫌な夢でもみたの?」

何故だか悲しそうな顔で月島が言う。

「ちがうよ。すごく良い夢だった」
「……そっか」

そう言って彼は小さく笑うと俺の唇に小さくキスを落とした。




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