「…この場はなんとかなりそうだな」

心底どうしようもないと思っているような、ため息と共に漏らされた『彼』の呟きに、土方も呆れつつ「…あぁ」とだけ返す。

(まぁ、そうだな、何とかなるさ)

本気で何の疑いもなしにそう信じられる。やはり“これ”こそが自分達であるから。凄惨な戦場で、だけど凄惨ならざる“これ”こそが自分達なのだから。
そんな楽観的な、しかし土方の中では明白たる事実を思った瞬間、『彼』の手が頬にそっと添えられた。

「!」

ふわりと、とても優しい優しい匂いがした。見詰め合う、この距離が愛しい。
年齢的に仕方のない事だけれども『彼』の方が身長が高いから、どうしても見下ろされる形になってしまい、それが悔しいと、全然今関係ない事がちらりと脳裏を掠めた。いつか絶対追い抜いてやろう、なんて、どこから来た考えだと自問したくなる程に全くこの場にそぐわない。
だけどきっと自分は、身長を越える事の出来たあかつきには、『彼』を真の意味で“護れる”ようになっているのだろう。なっていたらいいと思う。
いつかきっと、この大きな背中を持つ『彼』よりも大きくなって“護りたい”のだと。

そうなりたいのだと、思った。


「とにかく、二度と死ぬなんて言うんじゃねェぞ」

「分かってる」

手を未だ添えられたまま言われた言葉にも、ふっと笑って返せる余裕が今はある。

「もう死ぬなんて言わねェよ」

(失った幸福も、あの人も、もう帰っては来ないけど)

居場所をくれたのは『彼』だから、自分の居場所は『彼』の元だから、他の三人と比べて自分のあの人に対する思い入れは薄い。だけどあの学舎(まなびや)は確かに楽園だった。
舎の創造主は確かに『彼』以外に初めて自分に“幸福”を与えてくれた人だった。
自分にとっての“絶対”は『彼』でしかないけれど、確かにあの人も大切で大切な人だった。

「それでいい、トシ。突破するぜ」

死ぬと言わないと誓った事に対してか、それともこれから致すだろう派手な斬り合いに心踊らせてか、とにかく『彼』は刀構えてニヤリと悪そうな笑みを浮かべた。
喧嘩好きだから。
いや、ここにいるのは自分も含めて喧嘩好きの馬鹿ばかりだ。
失ったものは何をしたって、もう戻らない事くらい知っていた。

(それでも俺たちは戦い続ける)

ス、と刀を決意と共に掲げ上げて。

「了解」

(俺はあんたに、どこまでもついていこう)

土方は、眼を一端閉じた。そこに広がるのは瞼の裏の暗闇なんかじゃない。そこに広がるのは、




(自分の道を、最期まで信じて)


たった一本の、それ。




例えどれだけ、その道が緋に染まろうとも、

――翠の森は優しくそれを覆い隠し、また癒し、
――漆黒の夜は心地よい安らぎの眠りに導き、
――銀色の月は明るく道を照らす道しるべ。

カラフルな世界。緋しかなかった自分のキャンパスを、こんなにも美しい芸術へと塗り替えてくれたのは『彼ら』だ。
だけど大切な大切なその絵を、もう“守ろう”とか“見ていたい”とか願わない。永遠に在れ、とは今もそしてきっとこれからも望むけど。

(見てる、だけ、なんて……!)

絵の持ち主がいなくなっても、絵は絵として成り立つものだ。自分がいなくなっても『彼ら』はそのまま一個の芸術として成り立つのだろうと思ってた。
だけどそれは違う。いや、違うのではない、嫌なのだ。 それでは自分は“嫌”なのだ。もうそれだけでは耐えきれなくなってしまった。
幼い子供の誰もが一度は夢見る“絵本の中に入りたい”という想いに似て、その素敵な世界に自らもまた含まれたいのだ。


(それが叶えば、俺の色は何色なんだろう……?)




「いくぞテメェら」

張りのある『彼』の声が響く。いつもなら“てめえが命令してんじゃねェよ”くらいの茶々を入れる白夜叉も、その決意を感じ取ってか、ただ静かにそこに在る。

「反撃開始だ!!!」

風に靡く軍服、凛とした『彼』のその後姿に。
ただ皆、笑みを浮かべて応えるのみ。




「「「「おう!!!」」」」




響く、

声は響く、

荒野に、

この戦場に。




(俺に死ぬなと言ったのは総督、アンタだ)








(だからアンタも死ぬんじゃねェぞ)






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