さぁぁぁぁ、と、風が頬を撫でた。
自分達をぐるりと取り囲んでいる、まるで牛か豚か……、とにかく醜悪な形(なり)をした天人が次第に包囲網を縮めて来る。
彼らの持つ斧、剣、槌、槍…否、そのどれともつかない異星特有の武器は、特性が分からず脅威だ。自分達とは違う文化圏のモノと刃を交えるのは対策が立てにくく、だから困ると土方は思うのだった。

土方が所属しているのは『鬼兵隊』と呼ばれる遊撃軍だ。今や泥沼と化したこの攘夷戦争においても、まだしっかりと総督の元に統一されている隊である。
攘夷戦争というのは地球に突如侵略してきた天人達を排除しようとする侍の戦いなのだが、別に土方自身は天人自体が嫌いなワケではない。
戦争に参加しているのは、武力にモノを言わせて開国を迫り、侍が何足るかを知らないくせに、この侍の国を良いようにしようとする彼らを、ただ無条件に受け入れる事が出来なかった為だ。

そして、大切な『あの人』を奪い、楽園を壊し、自分はもとより、それより何より、かけがえのない『彼』に、『彼ら』に消えない傷をつけた者達がどうしても許せなかったからだ。




「くそ、囲まれた!!」

悔しげに、苛立たしげに吐き捨てられた悪態に、土方はハッと顔を上げた。

「総督、指示を!!」

現在、自分と総督を入れて4、5人が鎧で武装した天人に囲まれている。ぼぅっとしている暇などない。
こんな時に馬鹿のように集中力を切ってしまっていた自分を叱咤する。こんなことでは、自分の命云々以前に総督である『彼』に迷惑をかけてしまうではないか。それだけは、あってはならない。
ふと隣を見上げると、ギチリと爪を噛んだ『彼』が前方を焦ったように睨んでいた。
―――どうするか。
そんな追い詰められた心の声が聞こえてきそうだ。

「チッ…」

「総督……」

『彼』の癖といっても言い程の舌打ちが、しかし常とは違った真剣身を帯びているのを感じて心配になる。どうすればいいのだろう、このままでいても事態は好転しそうにない。こちらの十倍近い敵の数に、寧ろ悪化しそうだ。
いや、援軍は、来る。『彼ら』は必ず来てくれる。だけどそれまで持ちこたえそうになかった。
周りにいるのは土方の大切な大切な仲間達なのだ。元々華奢な体格の上に長い黒髪をポニーテールになんてしているために、毎回毎回女みたいだなどとからかってくるムカつく奴らではあるけれど、それでも決して死んで欲しくない奴らなのだ。

(こいつらも、あの人も、死んじまう……!)

それだけは嫌だった。
他に何を奪われたっていい。でもそれだけは嫌だった。
ならば、自分に何が出来るだろう?
こんな自分に何が出来るのだろう?


(……そんなの決まってる)

覚悟を決めて、スッと前へ一歩進み出る。

「!? 土方…!?」

誰かが驚いてこちらを振り返った気配がした。
いや、言わずもがな、自分に問いかけてきたこの声は間違えるはずもない『彼』の声だ。

「俺が奴等を引きつける。その間に白夜叉達と合流してくれ」

出来るだけ感情を押し殺した早口の口調で声に応える。後ろにいる『彼』の方を決して見ずに。
そうしないと優しい『彼』はきっとこの場を離れてくれない。
少しでも自分の表情に、声に、恐怖が混じっては『彼』は……。

「何……?」

やや間があって、予想通り聞き返された。言われた言葉の意味が理解出来ないと言いたげだ。

「あいつらならこんな軍団楽勝だろ?」

淡々と、ただ淡々と。そう土方は告げる。
『彼ら』なら――あの天パと電波とモジャと、そして『彼』さえ揃ってしまえばその尋常ならざる強さでこの場を乗り切る事ぐらいは出来るだろう。生き延びる事ぐらいは出来るだろう。
そう思うと何か満足した気持ちになった。少なくとも『彼』は生きてくれるのだ。ならばそれでいいではないか、と。
心が凪いだ。
笑って死ねるってこういう気持ちなのだろう。何処までも幸せに感じた。

「何言ってる!!」

なのに何故?
何故『彼』は焦ったような顔を自分に向けるのだろうか。悲痛な叫びを上げるのだろうか。

何故?
何故?

(好きな人の為に死ねるって凄ェ幸せな事じゃねェか……)




「てめえを独り置いてくなんて、んなこと出来るワケねぇだろ!!」

激昂した『彼』の手が、ガッ と土方の肩にかけられた。

(…何で?)

何故?分かってくれない?
何故引き留める……!?
何故、何故、何故、何故ッッ!



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