28



 これは一体全体どういうギャグなのか。
 周囲から突き刺さるような殺気を全身で浴びながらも、土方はそんないまいち緊張感に欠けることを考えていた。

「考え事たァ余裕じゃねェか」

 さすが鬼副長様は違うなァ、と揶揄も顕に背後の男が嗤う。
 うるせぇ。黙れ。死ね、クソヤロウ。そんな口汚い文句を返しても良かったのだが、眼前に迫ってきた斬撃をかわすことに気をとられて、残念ながらそれは叶わなかった。

 ガキィンッ、と嫌な音が聞こえて振り向けば、高杉がおそらく六人目の敵を斬り捨てたところだった。
 しかも、何をどう間違えたのか、彼の刀は根元からポキリと折れ、飛び散る鮮血に混ざって地面へと転がっていった。それを好機と見たのか、攘夷浪士のひとりが大きく刀を振りかぶって高杉に襲いかかる。
 土方は咄嗟に空いていた左手を後ろへと伸ばした。すぐ触れられる位置にあるのは、本来敵であるはずの男の腰。そこに提げられている鞘を抜き払って、高杉へと斬りかかろうとしている攘夷浪士の腹を打ち据える。
 振り向き様のこととはいえ、しっかり体重を乗せたからか、その一撃で男は昏倒した。
 しかし今度は背を見せた土方に隙ありと思ったのだろう、横から心臓めがけて鋭い突きが飛んでくる。

「おい」

「るせー」

 土方が促すと、それくらい分かってるとでも言いたいのか、鬱陶しそうな了承が返る。
 どさくさ紛れにちゃっかり地面の死体から刀を奪い取った高杉が、土方を狙った突きを受け止める。それは、ひとつ助けられたからひとつ助け返しただけの、相手への情を欠片も感じない自分本意でひどく義務的なものだ。
 それでいいと思う。土方とて、それを見越して高杉を助けたのだから。

 一口に攘夷派と言えども決して一枚岩ではない。今回はたまたま真選組が追っていた組織と鬼兵隊が邪魔だと思う組織が一致していた。
 そして、組織の方も多勢なのを過信して、この機に鬼兵隊の頭と真選組の頭脳をまとめて潰してしまおうとでも考えたのか、一斉に襲いかかってきた。
 もちろんこんなくだらないところで死にたくない土方だ。それは高杉も同じだったのだろう。
 そんな小さい偶然が幾つも重なりあった結果、今こうしてふたりは『共闘』なんて薄ら寒いことをするはめになっている。

 背中合わせのため、時折触れて後ろに温もりを感じる。犬猿どころか絶対に馴れ合ってはいけない相手とだなんて、悪夢か茶番か、出来の悪いジョークでしかない。
 土方は苛々と唇を噛み締めた。
 煙草が欲しかったが、あいにく最後の一本を襲撃の数分前に吸い終わってしまったばかりだ。

 気に食わない人間との共闘は、今までも何度か経験したことがある。
 銀色の髪を持った万事屋がその最たる例だ。かつてうっかり互いに手錠で繋がれたときには、文字通り背中を預けたものだった。
 気に食わないと言えば、御用改めの際よく近場に配置する沖田も、普段はくそ生意気なガキだとドS行為を忌々しく思うし、そもそも出会った当初は近藤でさえも鬱陶しい変な奴だと思っていたのだ。
 最近では馴れ合うことが多いとはいえ、敵である桂とも一時手を組んだこともある。もちろん穏健派でテロと言えば夜中にトイレットペーパーの向きを逆にする程度の桂と、過激派で必要とあらば江戸城を焼き討ちしかねない高杉とを、ひとくくりにするわけにもいかないが。
 だが、坂田のように互いの行動が何となく読めるわけでもなく、沖田や近藤のように長年共に剣を振るってきたでもない高杉と背を合わせることが、土方には何故か一番『やりやすい』と思えた。

 しかし、そう考えると。

 土方はちらりと高杉を見やった。
 この男は――桂も同じく――攘夷戦争時代に英雄としてあがめられた猛者らしい。坂田銀時についてはなんとあの白夜叉だと言うではないか。
 戦禍の中で四天王と讃えられた彼らのほとんどと共闘したことのある真選組副長とは何かおかしくないか、と些かの違和感を感じないこともない。
 高杉に関しては、いつその剣先がこちらに向くとも分からないから、背中を合わせはしても預けるというところまで依存しているつもりはないのだけれど。

「……なんだ、そういうことかよ」

「何がだァ?」

「てめえにゃ関係ねェ」

「そーかい」

 土方の聞き取れないほど小さな呟きをも、耳敏く拾った高杉だったが、自分には――というよりこの戦いには――関係のないことだと分かると、途端に興味ないと意識から切り捨てた。
 そう、これだ。
 こういうことなのだ。土方が高杉と共闘しやすいと感じた理由がここにある。
 土方はもとを辿ればただの田舎のゴロツキだ。加えて孤独な少年期を過ごしてきたからか、基本的に誰の手も借りない姿勢が染み付いている。
 視覚の回らない背後は確かに歯痒いけれど、己の背中を護る存在なんて求めていない。戦場で独り凛と立つ強さを持っている。
 護り護られるのではなく、自分がより戦いやすいようへのお膳立てとして相手に手を貸すのだ。
 きっと高杉も同じ思いだから、こんなにも背中を合わせやすい。
 それは、いざ自分の背中を護る存在を失ってしまったらどうなるか分からないとか、そもそもそこまで心を許せる人を――護るのではなく頼れる人を――つくるのが怖いとか、そんな弱さにも基因するのかもしれないけれど。高杉が抱えているであろう大切な人を失う恐怖と奪った者への憎しみの烈しさは、土方は痛いほど理解出来た。

 だから、護ることも護られることもしなくていい。
 情なんて、抱きも抱かれもしなくていい。

 刀を振り下ろすと、チンピラみたいな風貌の浪士が力を失って地面に倒れ伏す。
 残る敵は元の人数の半数にも満たない。
 背中を護る存在を望んでない孤高の鬼ふたりは、真っ赤に色づいた路地裏で、同じ場所に立ちながらも正反対の方向を見て艶然と笑っていた。




28背中合わせ


 ̄ ̄
そしてまたもっさんのことが空気すみません



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