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それはまったくの偶然と気紛れの産物だった。
たまたま鉢合わせした江戸の町で、たまたま土方は常備マヨを切らしていて、たまたま少女は気紛れを起こしたのだ。

「半分よこすアル」

コンビニから自動ドアをくぐり抜けた直後、横からズイッと差し出された小さな手に、土方は戸惑った。
レジで注文したほかほかのコンビニ饅頭を片手に固まっていると、焦れた少女が「聞いてるか汚職警官、耳にマヨでも詰まったカ?」と暴言を吐く。

「詰まってねェよ」

保護者そっくりの喧嘩の売り方に、溜め息をつきながら反論するが、少女の保護者に対するように邪険に扱う気はない。相手は女子供であるし、神楽から話しかけてくることは、極めて稀であるからだ。
現在土方は彼女の保護者――『雇い主』とは給料の面からして言いにくい――である坂田銀時と、お付き合いなるものをしている。しかし、当然というかなんというか、この小さな少女はそれがどうにも気に入らないらしい。大好きな兄を盗られた心境なのだろう。
だからと言って、土方にはどうすればよいのか分からない。
好かれようにも年下の女子の扱い方など見当もつかないし、身を引くには銀時への想いは育ち過ぎた。
結局、どう対応すれば良いのか分からずに、当たり障りのない対応を続けるしかないのだ。

「ほらよ」

とりあえず土方は饅頭を半分に割り、神楽に渡した。
「キャッホー!」なんて、奇声を発してかぶりつく様子に、礼くらい言えよと思ったが、彼女を養育している銀髪の男の顔を思い出して、仕方ないかと苦笑した。そう思える程には、土方は銀時が好きである。もちろん、本人にそれを伝える気などさらさらないが。
だって恥ずかしいじゃねーか、と一人勝手に頬を染めた次の瞬間――

「ぶっふぉー!?」

神楽が口に含んだ饅頭を、勢いよく噴き出した。

「っおい」

流石に土方が――好意を無下にされたからというよりも行儀作法的な意味で――目をつり上げると、彼女も涙目になりながら、こちらを睨み付けてきた。

「これ何アルか!?」

「何って、そこのコンビニで買った饅頭だろ」

「おかしいアル!」

「あぁ? 確かにマヨが品切れで仕方なくノーマルで食べるしかねェが、それァ残念ではあっても何もおかしいとまでは…」

「お前あほアルか! そうじゃなくて、私てっきり肉まんかピザまんかと思ってたヨ!」

キッとした表情で、突っかかってくる神楽に、土方は思わず半歩ほど後ずさった。
成る程、彼女の言う通り、その饅頭は肉まんでもピザまんでもない。初めは肉饅を買おうとしていたのだが、注文する寸前、店員の髪型が目に入ったのだ。

「これ、餡まんアル!」

そう喚かれた瞬間、土方は薄く自分を嘲笑った。
レジを打っていた店員の髪の毛は、くるくると気儘に散らばった天然パーマだった。もちろん色は決して銀などではなく、極めて普通の黒髪だったのだが。
コンビニの制服である小さな帽子に、もさもさとした髪は収まりが悪くて、きっとこの男も帽子があまり好きではないのだろう。確か銀時も帽子を着用するときは、勝手気儘な天パを押し潰すように、ぐりぐりと全力を込めて被っていた。そのときの仕草を思い出すと、可笑しくて少し機嫌が良くなった。
そこで土方は気が付けば、うっかり、本当にうっかり、餡まんを注文していたのだった。
甘味を食べると、幸せそうに笑う彼。
別に銀時への土産というつもりでもない。ただ単純に、ただ何となく、無性に自分もそれを『食べてみたかった』のだ。
――なんて、初恋の女性さえ突き放した鬼の副長が、ずいぶんと堕ちたものだと自嘲する。
自分自身でも明確に解明できない感情ゆえに、やっぱり少女に何と返したら良いのか分からなくて、口を噤んだ。

しばらくの沈黙のあと、今更ながら、神楽が饅頭を吐いたのは、味が予想と違って驚いたからだと思い至る。
証拠に彼女の視線は、勿体ないことになってしまったアスファルトの上の饅頭に、ひたすら向けられていた。
ならば、と「もう半分も食うか?」と勧めれば、「半分以上はもらいたくないアル」と謎の理由で断られた。

「……いい女は、借りはきっちり返すって、マミーが言ってたネ」

しかめっ面をした神楽が、まるで言い訳をするような、拗ねた口調で呟いた。

「たかだか饅頭半分で借りも何も……」

そもそもテメーら、普段は遠慮なく人にたかってんじゃねェか、と土方が至極もっともな意見を述べると、何故か容赦なく腹に正拳突きをもらった。
いや、あの夜兎族から急所に拳を叩き込まれても、内臓が破裂しなかったのだから、多少は手加減されていたのかもしれない。

「てめ…ゴホッ、何しやがる」

「せっかく人が借りを返そうと、気持ちに踏ん切りをつけてる最中に、デリバリーのないこと言うからネ」

「デリカシーな」

一応ツッコミを入れておくと、神楽はふんと鼻を鳴らして、そっぽを向いた。
そして、そのままの体勢で会話を続ける。

「とにかく借りはきっちりぴったり借りた分を、受けたアダはばっちりどっさり10倍分を、耳を揃えて返すって決めてるアル」

「あぁ」

あさっての方を向きながら話される内容に、土方は一言完結に頷いた。
どう考えても無茶苦茶な言い分だが、素直で真っ直ぐで時々こちらが驚くほど男前な彼女なら、確かにそうだろうなと思った。

「銀ちゃんは万事屋(わたしたち)の銀ちゃんアル」

「あぁ」

そんなこと、言われるまでもなく知っている。

「でも、饅頭を半分くれたから、仕方ないからお前に銀ちゃんを半分やってもいいアルよ」

「あぁ」

そう、家族のような絆で結ばれた彼らの中に踏み込むことなんて……

「……って、は?」

「ただし半分だけアル。半分は銀ちゃんを貸してやるけど、残り半分は万事屋の銀ちゃんヨ」

「いや、あの」

「そもそも疚しい関係みたいにこそこそ私たちの目ぇ忍んであってんじゃねーヨ。もっと見せつけてくれれば私もさっさと仕方ねーなって開き直れたアル」

二個もチンコもってるくせにこのヘタレヤローが、との罵りで締め括られた神楽の主張を、ワンテンポ遅れて理解して、土方は目を見開いた。

「おいチャイナ、つまりそれァ……」

――俺も半分『万事屋』に入っていいってことか?
思わずそう訊きかけて、結局口に出せずに飲み込んだ。
だって気恥ずかしいではないか。こっちが疚しい関係だと思ってひた隠しにしてきたそれを、彼女は何の気負いもなく『疚しい関係みたいに』と言った。
嗚呼そうだ。
まさか自分が勝手に卑屈になっていて、ただちょっと彼女が素直になれなかっただけで、実はとっくに認められていただなんて――

「……もらってもいいかよ」

「半分ならナ」

だからお前のことも半分寄越せヨ、と。
恥ずかしくて、堪らずぶっきらぼうで傲慢な訊き方をしても、何の気負いもない返答が返されたものだから、土方は仕方なく天を仰いだ。
火照った頬を冷やすと同時に、少女の顔は気まずくて見れやしなかった。




26はんぶんこ


 ̄ ̄
このふたりの組み合わせが好きです。某MMDとか



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