19



 ぼひんッと変な音がして白球がグローブに収まる。
 速度も威力もないくせにコントロールだけはいい、と相手がほんの子供だということをまったく考慮していない感想を晋助は抱いた。

「おいクソガキ、そろそろメシだから帰んぞ」

「うっせーだまればーか!」

 そろそろ日も傾いて来たことだしと促せば、まだまだ遊び足りないのか生意気な悪態が甲高い声で叫ばれる。

「はやくボールよこせばーかばーかばーか!」

 どうも新しく出来た友達から余計な言葉を習ったらしく、最近の彼の口癖は『ばか』だ。この春、晴れて小学校に入学した十四郎が、ゴリラみたいなゴリラと明らかにドSオーラを発する男の子と遊んでいる姿を、晋助は度々目にしていた。
 帰らねェとまた先生にどやされるぞと諭しても、幼い弟はとうとう「ばーか!」としか言わなくなってしまう。弟といっても、ふたりとも先生に引き取られた孤児の身であるから、血の繋がりはないのだが。
 先生とは私的に学習塾を経営するその名の通り『先生』で、吉田松陽という物腰柔らかな人物である。経営不振でどうとも行かなくなった孤児院から、晋助と十四郎を引き取ってくれた恩人だ。出来れば困らせたくないし、孝行もしたいというのが晋助の本音である。

「終わりだっつってんだろうがこのバカガキ!」

「おればかじゃないもん! ばーかばーかばーかばーかばーかばー…」

「あーもうっっしつけェ!」

 ボールのコントロールはいいくせに、言葉のキャッチボールはこれっぽっちも出来やしない。
 夕焼けが砂場に打ち捨てられたスコップに反射して晋助の目を射す。
 いっそのこと無視して置いて行ってやろうかなんてチラリと頭をよぎるけど、実際行動に移せないのは百も承知だ。今まで数え切れないほど考えて、結局実行出来たことなど一度もないからだ。
 十四郎と同じようにこの春中学校に入学した晋助には、また一歩大きく広がった交遊関係がある。正直言って十四郎の相手をするのが鬱陶しく感じることも少なくない。晋助が中学校で新しく知り合った友達と遊んでいると、仲間外れは嫌だとばかりにひょっこり付いて回るのだ。一体何度追い払ったことか。
 大体、院で一緒だった――そして松陽の経営する塾に通う――銀時や小太郎なら仕方ないとしても、十四郎からしたら見ず知らずの晋助の中学校の友達にまで、笑顔を振り撒くのはいただけない。
 晋助はイラっとして、キャッチボールするために開けていた距離を大股で詰め、十四郎に近寄った。
 愛想笑いだとしても、話しかけられたから笑みで返しただけだとしても、もし十四郎のあまりの愛らしさに友人がショタ趣味に目覚めたらどうしてくれるのだと憤る。
 もちろん友人が心配なのではない。逆である。

 なんのことはない。
 邪険にしても鬱陶しく思っても面倒臭くても、決してその手を振り払えないように、とどのつまり晋助は十四郎が可愛いのだ。

「ほら、帰るぞ十四郎」

 夕陽も沈み、暗くなってきた周りに、危ないからとぶっきらぼうに手を差し出せば、「しょーがねぇなー」なんて可愛くない返事と共に、小さな手が嬉しそうに握り返してきた。
 暇なときはまたキャッチボールをしてやってもいいかもしれない。せがまれたら拒絶出来ないくせに、晋助は偉そうにそんなことを思った。




19キャッチボール


 ̄ ̄
名前を呼んでほしかった十四郎w



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