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メールというものは、相手の表情が見えない分、甚大な誤解を招きやすい。

銀時は今日も今日とてデートをドタキャンしゴリラの世話に励む愛しの恋人に、それでも愛情込めておやすみメールを送ったわけだが、返信が返ってきたのには心底驚いた。彼も少しは悪いと思っていたということだろうか。
と、そこまで考えて、あれなんかおかしくね? と自分の思考回路の異様さに気付く。
恋人がデートをドタキャンしてまで仕事に励むのはまぁ良しとしよう。それが彼――土方十四郎という男の性格なのだから。銀時が気にしてないふりをしておやすみメールを送るのも、そんな土方の生真面目な性格ひっくるめて、その…有体に言ってしまえば愛しているのであるからで、何も特別おかしいわけではない。
だがしかし、返信が返ってきて驚くというのは、流石に、少し、どこか、些か、かなり、おかしいのではないだろうか。

――なんで恋人からメールの返信があったからって驚かなきゃならねーんだ。

土方がプライベートに関してメール無精なのは知っているが、仮にもお付き合いしている相手に対して基本シカトのスタンスとは一体どういうことだ。

――あいつホントに俺のこと好きなのかよ。

イライラ悶々と、どこか面白くない気分になる。
土方が好きでもない人間と付き合うとかいい加減なことをする男ではないと分かっていても、あまりにも過ぎるツンの所業に参ってしまうときだってあるのだ。
だからだろうか。
先程から奇跡的に続いていたメールやり取り。それに思わず、


to 土方
sub Re:
―――――――――――――
俺と仕事どっちが大切なん
だよ?
     --END--


なんて、普段なら絶対訊きも考えもしない女々しい不満を打ってしまったのは……。
送ってしまったあと、ハッと我に返ってすぐさま後悔の嵐に苛まれる。こんな馬鹿な女みたいなこと訊くつもりなんかなかった。さらに言えば、迷う暇なく即答で「仕事」と返ってくるのも予想済みだ。
それでこそ土方なのだと思いつつも、何故自分からダメージを受けるような質問をしてしまったのかと溜め息をつく。

――なんだコノヤロー、俺はMなのか? Sと見せかけたMだったのか?

ぐるぐる眩暈がする脳で、微妙にずれた自問を繰り返していると、手に持っていたケータイが震え、着信音を鳴らした。
恐る恐るメールを覗いてみると、それはやはり土方からのもので。ごくりと唾を飲み込んで文面を確認し……思わずケータイをぶん投げて後ろに半歩飛びずさった。咄嗟に誰もいないと分かり切った万事屋の居間をきょろきょろ見回して、たった2文字で自分を恐怖のどん底に叩き落とした小型の電子機器のもとに歩み寄る。
煌々と光るディスプレイには、一言、


from土方
sub (no title)
―――――――――――――
お前
     --END--


とだけ刻まれていた。

あり得ない、これはあり得ない、いくらなんでも何をどうしたってあり得ない。これならばまだ仕事を取ってくれた方がダメージが少なかったに違いない。
動揺を隠しきれず、みっともなく震える指でなんとか文字を打って返信する。


to 土方
sub Re:
―――――――――――――
なにそれまじでいってんの
     --END--


混乱する頭で銀時は、漢字に変換する余裕すら欠如したその文章が電波に乗って屯所まで運ばれていく様を、なんとなく思い描ける気がした。それは、分厚い胸板に「でんぱ」と書かれた上半身裸の屈強な男たちが、万事屋から屯所まで一列に並び、銀時の言葉を伝言ゲームをようにして伝えていくという、かなり間違った想像だったが。
しかしこれならば途中で何かしらの誤変換が起こっても仕方ないなと若干真剣に思う銀時だ。
脳の許容量を遥かに超える出来事に、デレ期到来! と、手離しで喜べないほど疲れていた。
そんな壊れかけた妄想を続けていると、またもや手の中のケータイが着信を知らせる。たいして間をおかず返ってきたメールの内容に、銀時は今度こそ本当に情けなく恐怖の悲鳴をあげた。


from土方
sub (no title)
―――――――――――――
信じてくれねえなら仕事や
める。
お前だけだって証明してや
る。
     --END--


これは最早デレ期到来なんて生易しいものではない。近藤と喧嘩でもしたのだろうか。
いや、例え仲違いしたとしても土方は近藤を突き放すような男ではない。恋人である銀時がイチバンを諦めてしまうくらい彼は近藤を慕っている。土方が何もかも失っていた当時、彼を救い、欠けてしまっていた色んなものを埋めてくれたのが近藤だったからだ。
友人が困っていれば手を貸すように、子供が無条件に親を慕うように、自ら憎まれ役を買ってでも彼は見返りを求めず真選組に尽くす。
銀時はもう一度ディスプレイに目を落とした。映し出される文面は当然何も変わっていない。
明らかに普段の土方からは考えられないそれに銀時の背筋は粟立った。まさかまた妖刀か何かに身体を乗っ取られでもしたのだろうか。
トッシーのときの騒動が蘇ってきて自然と眉根が寄る。
あれは本当に悪夢だった。いつだって凛と伸びていた背中が、おどおどと俯いている姿なんて見たくなかった。魂が折れてしまった彼を眺めているのは耐えられなかった。同時にその程度の男なのかと怒りが湧いた。そして、お前はそんなもんじゃないだろう、とも。
銀時は基本的に争いごとが好きではない。去っていく人間を引き留めることもしない。
それなのに、嫌がる土方を――正確にはトッシーをだが結局彼も土方の一部であることに変わりはないのだ――無理やり引きずって掴みかかって怒鳴って叫んで血生臭い戦場に引き戻したのは、ただの自分のわがままでしかない。理不尽に不合理に身勝手に、自分の前から『土方十四郎』がいなくなってしまうことが耐えられないとうい理由だけで、こうあってほしいという願望を押し付ける形で、彼を連れ戻した。

そこまで思い出した瞬間、銀時は万事屋を飛び出していた。
何故あんな馬鹿みたいなことを訊いてしまったのだろうか。メールを出した直後とはまた違った面持ちで後悔する。自分が好きになった土方十四郎という人間は、無愛想で不器用で真っ直ぐで綺麗で高潔で護りたいものを全力で護りツンデレのツンが過ぎる、そんなめんどくさい人間なのに。
銀時だけを見て、銀時だけを大切にして、銀時だけを愛する土方なんて、そんなのは土方でもなんでもない。
わがままなのも理不尽なのも不合理なのも身勝手なのも分かっている。でもどうしても土方に関することには冷静に対処することが出来ないのだ。
屯所に向けて全力疾走しながら、握りしめて来たケータイでメールを打つ。


to 土方
sub Re:
―――――――――――――
ばかなこといってんじゃね
え!
しんせんぐみやめたら、な
ぐりとばすからなコノヤロ
ー!
     --END--


はあはあと息が切れる。スクーターを使えばよかったのにと脳の一部で自嘲しつつも、ある種の罪悪感のようなものが溢れていて足を緩めるつもりになれない。

「ひじかたッッ」

じれったい気持ちで恋人の名前を呼ぶ。
するとその声に応えるようにケータイが土方からの返信を知らせる。
それでもスピードを一切落とすことなく、銀時は逸る指先で受信ボックスを開いた。


from土方
sub Re:Re:
―――――――――――――
嫌ですねィ旦那
ちょっとした軽いジョーク
でさァ
そんなに真剣に切れないで
くだせェよ(^_^)ノシ

     --END--


書かれた意味を理解した瞬間、銀時の膝から力が抜けて、走っていたスピードのままに盛大にこけた。
衝撃で手から弾き飛んだ電子連絡ツールが、カンカラカッシャーンと小気味の良い音を立てて夜道に転がっていく。
銀時はうつ伏せた体勢のまま顔だけ上げて、はるか前方で青白い光を発しているディスプレイを眺めた。

「………………………え?」




10メール
(「おい総悟、俺のケータイ知らねェか」「へい、トイレに置きっぱになってたんでちゃんと便器に流しておきましたぜィ」「なんでだァァァァ!」)


 ̄ ̄
銀さんがなんでケータイ持ってるのかは知らないけどたぶんガラケー



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