※銀さん死ネタ



ただ、油断していただけなのだ。

「土方ッッ!」

あいつの悲鳴が耳にこだまする。
嗚呼、この緩い男もこんな切羽詰まった声が出せたのか、と場にそぐわない間の抜けたことを思った。
身体に感じる衝撃。
伝わる熱。
乾いた一発の銃声。
目の前に飛び散るのは、赤。

ただ、少し気が緩んでいただけなのだ。

久し振りの恋人との逢瀬に柄にもなく浮かれた。
相変わらずダルそうな赤い双眸が自分を見つけた瞬間、僅かに光を宿したことに気がついた。陽光を浴びてきらきら輝く銀色に、とても誇らしげな気分になった。
たったそれだけの、こと。

たった一瞬のことでしかなかった。


赤く染まっていくあいつの銀髪の向こう側に銃を構える男が見える。
あいつの身体から力が失われていく。
おそらく男は『攘夷浪士』だろうが、しかし『攘夷志士』ではないに違いない。
あの戦争を経験しているのならば、少しでも侍であるのならば、銃などと卑怯な手は使わない。そんなモノに、この誰よりも高潔な侍の魂を持った銀色を殺されたのだと思うと、腹の底が煮えくり返った。
許せない。
許せるなんて、あろうはずもない。
怒りに身を任せて足が地を蹴る。その勢いのまま男に向かって思いっきり刀を振り上げた。
それを押し留めようとでも思ったのか、男が何度か発砲する。乱射されたそれらが身体を掠め、肉に赤が幾つも弾けた。撃たれたとき特有の燃えるような痛みが襲うが、鬼と呼ばれる自分がそんなことで怯むはずもなく、また止まってやる気もなかった。
それどころか、その程度で相手を下せると思っている甘い男に腹がたった。
こんな本気の殺し合いも知らないニセモノに、眩しい銀色は穢れた赤で汚されたのだ。


ざしゅり、と。

『その』瞬間に発せられた音は、銀色を穢すという大罪を犯した男にしては淡白な音だと思った。
男の脳天から噴き出す鮮血は銀色から溢れたそれと同じ色をしていて、ひどく不快だった。

カランと手から刀が滑り落ちる。いや、滑り落としたのか。
どちらでもいい。
いずれにせよ最早自分には『持つ資格のない』が故に、それは今はただの金属の塊だ。
ふと思い付いて、地面に崩れ落ちた『男だったモノ』から銃を乱雑に奪い取り自らのこめかみに当てた。

許せなかった。
許せるはずがあろうはずもなかった。

銀色を殺した男が、無様にも油断して銀色に庇われた自分が。
銀色を殺させた自分が。
本来その銃口は、自分を狙っていたモノのはずだったのに…!


引き金にかけた指に少しずつ力を込める。
侍を殺してしまった自分に侍の証である刀で死ぬ権利などないのだから。
不意に屯所の光景が浮かんだ。尊敬する豪快な男の笑顔も浮かんだ。
だけど、それがなんだと言うのか。
これ以上は無理だ。
生き延びて侍のフリを続ける強さも傲慢さも自分にはなく、侍であり続けようとする真選組を護る資格ももうない。
だから、そのまま躊躇いもせずに――条件反射のように引き金を弾いた。




カチン、

覚悟した衝撃も痛みも何もなかった。

「……は、」

カチンともう一度指を動かしても結果は同じだった。

「は、ははっ」

かすり傷がじくじくと熱を発している。男が息絶える前に何度も撃ってきたのを思い出す。
自分をあの愛しい銀色と同じ場所に連れていってくれるはずだった銃弾は、身体中のかすり傷と引き換えに失われたのだ。

「あはは、なんだよそりゃ」

乾いた笑いを漏らす。
何度も、何度も。
乾いた笑いが漏れる。

「馬鹿みてェ」

眼から熱い何かが頬をつたって流れていったが、もうそれが何なのか自覚する余裕さえなかった。
音もなく静かに、嗚咽もなくただただ雫を滴らすその顔は、端から見れば憐れな程に憔悴しているのだろう。知ったことではないが。

「万事屋ァ…」

緩慢に恋人を呼ぶも、自分をからかいこそすれ見捨てることは決してなかった銀色は、今は無視を決め込んでいた。

嗚呼、何故だろう。

. . . . . . . . . . .
何故彼は応えてくれないのだろう…?


「万事屋ァ、」

もう一度呼んだ。
やはり、同じく応えは返らない。どうやら本格的に自分を無視するつもりらしい。
何か、何か果たして自分は無視される程に彼を怒らせることをしただろうか。
記憶を巻き戻そうとしたが、脳にかかった真っ赤なフィルターに邪魔されて上手く思い出すことが出来ない。


「     」


呟いた五音のひらがなは、風に吹かれて、誰の耳に拾われることもなく消え去った。




エイロネイア
(それは『装われた無知』)


 ̄ ̄
坂田さんの報われなさに定評のあるサイトwww
最後のセリフは「あいしてる」でも「むしするな」でも「さようなら」でも何でも。




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