「良いだろ少しぐれぇ」
とか、何とかほざきながら、高杉は嬉々として首筋に唇を落としてくる。
「あってめ!! 馬鹿、止めろ!」
男のくせに男にキスをして愉悦に口角を上げる奴に、悲痛な表情を向けている坂田は、何だか酷く可哀想だ。
「ちょ、ま…。あ」
止まらない愛撫に思わず甘い声を漏らす自分をぶん殴りたくなる。
ほとほと坂田が可哀想だ。
“今とは比べ物にならないくらいまともだった”“昔は…あんなじゃなかったぜ”とは、この事を指していたのか。
いや、紅桜で別離したと聞く彼は、恐らく現在の高杉の土方に対する奇行を知らないだろう。シリアスと変な方向の二重の意味で壊れた高杉の、彼は憐れにもシリアスの方しか目にしてないのだ。ところ構わず盛る、この変態染みた一面など……。
(んっとに、っ何があったらこうなんだよ!!)
やけくそ気味に内心叫んでみても、やっぱり口から漏れるのは「ん」とか「あっ」とか、良くても「やめ」位だったけど。
「ん? 何か言ったか? 今なんかぼそっと」
「…別に…」
文句を言っても恐らく改善などしてくれないであろう。諦めのため息と共に投げやりに言う。
というより、人の心の声を勝手に聞き付けないで欲しい。都合の悪い事は聞こえないくせに、まったく便利な地獄耳な事だ。
(嗚呼、そうか…)
「全く、昔はこんなじゃなかったのによ」
「……」
「ンだよ、そう万事屋の野郎が言ってたぜ?」
思わず呟くと、身を離して静かに見詰めてきた高杉にそう返す。
(きっとそうだ)
「なんか文句あんのか万年発情期が」
「ククッ、別に?」
いつもの余裕たっぷりなその嫌味な笑いに、だけどどこか哀しげな…淋しげな色を浮かべたこの男は、
きっとあの、猫型ロボットみたく
(頭のネジ…外れたんだ)
土方はどこかまだ夢から醒めきらない、ぼんやりとした思考で、某D氏に失礼極まりない喩えを考えた。きっと某D氏が聞いたら“の●太くんのがネジ外れてるよ”と抗議したかも知れない。
高杉の手が髪を撫でてくる。
「なんだよそれ…、なんにもねェなら見詰めんなボケ」
スと髪が梳かれ、額にキスが落とされるが、その辺はもう土方とて慣れっこで、そんな事で誤魔化されてはやらない。
「おいコラ高杉、」
「そんなに気になるか?」
「…馬鹿じゃねーの んなの有りえねぇだろうが」
ちゅっちゅっと、音を立てるリップ音が不快とばかりに頭をぐい、と押し離してやる。
「ツンデレもほどほどにしろよな?」
と言って、再度土方の額にキスを試みる懲りない高杉を、「うるせぇ ツンデレじゃねぇ」と、盛大に股間を蹴ってやった。拍子に「ぐぉ!」と蹲って間抜け顔を晒す彼に、金蹴りはやり過ぎたかとも思ったが、ホントに仕方のない盛り魔だと、冷ややかな目線を送った。
(…でもまぁ、いつか、俺が見つけてやるよ――そのネジ)
そうすれば、夢から目覚めた後のもやもやした引っ掛かりも、高杉の淋しげな表情も、坂田の憂いに満ちた表情も、全部なくなる気がしたから。
根拠のないモノだったけど、土方はそう決めた。
何故かそうする事が、自分が“今、生きていられる事”の意味であり恩返しであるような気がした。
*
ぷらり、ぷらり、と編みがさをかぶった隻眼の男と共に宵の道を彷徨く。
高杉が金蹴りから復活した後「少し付き合え。」と、土方の方から散歩に誘ったのだ。二人の立場を気にする土方にしては心底珍しい事だった。
だが、あの後はどうしても部屋に籠って抱き合う気にはなれなかった。別にネジの外れた男が嫌になったワケではない。寧ろ逆に、男に近付きたいと思った。身体を、というより、快感に邪魔されず、心の方こそを近く近付けたかったからだろう。
たまには枯れた老夫婦のような、だけど全てを分かり合っているような、そんな穏やかな空気に浸っても良いのではないか?
互いの立場を思えば、殺伐とした関係でいなければならないからこそ。
さわりと頬を撫でて行った春風だけが、二人に優しかった。
「…お…夜桜じゃねぇか」
三味線や都々逸などを好む、風流を解する彼はそんな感嘆の声を上げた。
「ほんとだ…昼間は咲いてなかったのに」
満月に照らされ、ただ一本だけそれは咲き誇っていた。
美しく。
はらはらと舞う花びらは儚さの象徴であるというのに、枝も幹も、真っ直ぐ背筋を伸ばして立っている。たぶん、この桜は誰かに見られようと思って咲いていない。一般から外れた道であっても、自分が“ここ”と決めた時期に全力で咲くのだ。
宵の闇の中で、だけど呑み込まれず、月から反射する太陽の光を一身に受けて輝いている。
ただ、己が為に、美しく。
だけど本来は実をつける為に。決してその種は発芽しないモノであるというのに。
本能か何なのか、例えそれでも、己の存在を次へと伝える為に……己の存在を刻み付ける為に。
「綺麗だな」
「あぁ」
世間は俺たちを見放した
俺達は立派な『ガラクタ(ジャンク)』
だったらがらくたはがらくたらしく精一杯、死ぬまで足掻いてやろう
選んだ道に けして後悔しないように
精一杯咲き誇ってやろうじゃねェか
薄紅香る、この夜桜のように――…
<完>