ダレカコノテヲツカンデクダサイ
イッソヒカラビテシンデシマエ

意味がないとは知りつつも、俺は水槽に両手を突っ込んだ。ぬるいワケではないが、熱くもなければ勿論冷たくもない。『ぬるい』よりも更に微妙な水温に、顔を顰める。
ぱしゃ、と軽く掻き回せば、跳ねた水と一緒に中の金魚も外へと飛び出した。ぼた、と間抜けな音で床に着地したそいつは、苦しそうにびちびちと暴れた。
水中じゃあ澄ましたツラして泳いでいるくせに無様だな。ざまぁみろ。

「馬鹿杉てめえ何やってんのォォォ!?」

床に這いつくばる魚類に向け、せせら笑いを飛ばしてやった瞬間、銀時の絶叫が響き渡った。
ぐぃっと俺を押し退けて、金魚の傍へとしゃがみこむ。

「おいおいそんな怒んなよ、俺ァただそいつを観察してただけだぜェ?」

「水槽から外に出してな! これ依頼で預かってんだから、傷物にするワケにはいかねェって最初に言ったよな!?」

「それ、とーしろーに言ったんだろ?」

「てめえら馬鹿ふたりにだよ!」

かっかする銀時は、その勢いのままに、ソファーで俺の予備の包帯を自分の左目に巻き付けていた十四郎を振り替えって「お前からもこの馬鹿に言ってやってくんない?」と宣った。馬鹿だな十四郎、俺の包帯は右目だっての。
ちなみにここは万事屋だ。銀時に十四郎との関係がバレてからは、ちょくちょく密会場所として使わせてもらっている。

「まぁ…晋助はそいつが溺れそうだとでも思ったんじゃねェか?」

ふと包帯から顔を上げた十四郎は、淡々とした口調でそう言った。銀時の要請を受けて、しかし、俺を諌めるでもなく寧ろ俺を謎の理屈で擁護した。
魚が水に溺れるかよ! と、ぎゃあぎゃあ騒ぐ銀時はそのうち血管が切れそうだ。

「え、万事屋お前知らねェのか? 魚も溺れるんだぜ?」

海水に棲む魚を淡水に入れると、外液と体液の浸透圧差で、体内に水が入り込んできて破裂して死ぬ、とかなんとか。いやもうそれ溺れるとかいうレベルじゃなくね? みたいな話を、十四郎は大真面目に語る。
そもそも金魚は淡水魚で水槽の水も淡水だから、そのケースにはまったく当てはまらないのだが。

「あーもういいです。そろそろ金魚水槽に戻していい?」

お前に訊いた俺が馬鹿だったとばかりに、半分以上十四郎の説明を聞き流していたらしい銀時は、そう言うと、そっと傍の金魚に手を差し伸べた。両手で包み込むように掬うと、ぽちゃん、と水中へと返す。
水を得た魚とはまさにこのことで、金魚は赤い尾びれを揺らめかせながら、陸の上の滑稽さを一切感じさせない優雅な動きで泳いで見せた。
やっぱりお前にはそこがよく似合う。
そして、人にもそれぞれ似合う居場所があるというものだ。そこから外れれば、その姿は無様で哀れで痛々しくて。だけど、そこに連れ戻そうとするお前の手は温かくて熱くて熱すぎて、きっともう俺には掴めやしない。

「万事屋、金魚は体温が低いから、人の手で触ったりなんかしたら火傷するぞ」

「げ、マジで?」

十四郎と銀時ののんびりとした会話が聞こえてきて、十四郎もやっぱり同じことを考えてたのか、と思った。
政治に組み込まれているために、陸の上の魚のように身動きが取れなくなった十四郎と、政治から外れたために、陸の上の魚のように暴れまわるしか出来なくなった俺と。
ただ眩しいのは、未だ水中で、不恰好ながらも見惚れる泳ぎを魅せる銀色なのだ。

「痛ェな」

金魚を見ながらぽつりと呟けば、それを聞き付けた十四郎が「あぁ」と同意する。
お前は痛い。
ひんやりとした十四郎の手は心地好い。

「ちょっそのふたりで分かった顔して頷き合うのやめてくんない!?」

ここの家主、俺! と騒ぎ立てる銀時は、なんていうか、的外れも甚だしい。
馬ぁ鹿。ふたりしか分からないからこそ、俺は十四郎が愛しいんだ。




 ̄ ̄
高土だけど恋とは違う部分で高→銀←土




<了>


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