ダレカコノテヲツカンデクダサイ
フフツカモノデスガ

この世の中にはカミサマがいる。だがそれを殆どの奴が知らねェんだ。勿体ねェ。
唯一、カミサマの声を聞けそうな素質を持ってた銀時も、今じゃァ道を違えちまった。あいつがカミサマのオツゲが聞けるようになるまで、傍にいてやるつもりだったんだがなァ。まぁ、銀時達の元から去ったのは俺の方だが、カミサマがそうしろって言ったんだからしょうがない。今ではそう割り切っている。

万斉はオトを聞く。似蔵はヒカリを見る。だけどカミサマを信じる奴はやっぱりここにもいなくて、さっき幕府の要人共を斬り殺してきた興奮も相まってか、俺はかなりムシャクシャしていた。
その日は月の綺麗な晩だった。
キィンと高い金属音がして、俺は惹かれるようにそこへ向かった。斬り合いの気配だ。生臭い血のにおいは、闇夜の中で嗅ぐと、酷く陶酔感を与えた。
そこにいたのは1匹の鬼だった。体格の良い5人の男をたったひとりで地に伏せて、血溜まりの上に昂然と立っていた。

「へぇ…」

思わず漏れた感嘆の声に反応して、鬼が振り返る。
綺麗な顔をした美しい男だ。真っ黒な短髪と真っ黒な洋装は闇に紛れ、月明かりによってぼんやりと浮かび上がっていた。

「隻眼……高杉晋助か?」

どうやら向こうは俺を知っていたらしい。薄い色の双眸が僅かに見開かれた。だが直ぐに艶然と眼を細める。
その様子に興味を引かれて「攘夷浪士か?」と尋ねれば、「こいつらはな」と5つの死体を指差し笑う。ならば敵か。

「そういや最近、対テロ専門の武装警察が組織されたとかなんとか」

「真選組だ。覚えとけ」

いずれお前らの天敵となる組織だ、と並外れた自信を持って鬼は言う。その姿に俺は何か共感めいたものを感じた。
嗚呼、こいつは『知って』いる。

「過去の英雄様を斬ろうってか? 昔はあんたも天人相手に国を護る攘夷志士に憧れてたくちだろうに」

それはそいつが本当に『知って』いるのかどうか確かめるために言った台詞だったが、当人は命乞いだと捉えたのか、駄目だというように首を振った。

「あぁ、だが憧れであろうがなかろうが、俺はちゃんとてめえを斬るぜ?カミサマがそう言ってるんだ。てめえらには分かんねェだろうがな」

どこか自嘲の混ざったその返答を聞いて、背筋が戦慄いた。確かめは成功だった。
嗚呼やっぱり、やっぱり、やっぱりだ。こいつは知っている。知っているんだカミサマを。
一目見た瞬間、俺のカミサマが騒いだ。見つけた、見つけた、見つけた、と。そして俺自身も直感した。こいつはカミサマを知っている。カミサマを信じてる奴は所詮――俺がそうであるように――頭のぶっ壊れた奴で、ぶっ壊れた奴には同じぶっ壊れた奴をビビビと感じる。銀時のとき以上にビビビと感じて、だから俺は興味を引かれた。
ぐつぐつと血が沸騰して、頭ん中がぐるぐる回った。腹の底から沸き上がる気持ちは、たぶんきっと恐らく歓喜。

「分かるぜェ?」

気づけば無意識にそう応えていた。だがまぁそれは本心。
カミサマだろう? 知ってるさ。てめえと同じかそれ以上にな。
カミサマはひとりひとりの心の中にいて、いつだってキッパリとしたオツゲをくれる。ただ、それを実行するか否かは自分次第で、無視ったからってバチが当たるワケでもねェ。そもそもそのオツゲ自体正しいモノなのか、それを聞いて益になるのか怪しい、そんな程度。オツゲは時として、世間から見て間違ってる道であることもあるし、カミサマは神様や仏様じゃあるめェし信仰したからって極楽浄土に往けるワケでもねェ。

「だけどそれに何の問題があるんだァ?真に満ち足りた世界は、このクソッタレな現世だろうよ」

すると鬼はスゥッと肩の力を抜いたかと思うと、「なんだ」と呆けたように苦笑した。

「てめえもかよ」

カミサマ信仰、と次いでケタケタ無邪気な声を上げる。
ふと足元の死体が5つが5つ全て目玉をくり貫かれていることに気が付いた。それを不思議には思わない。はなから目がなかったワケでもあるめェし、こいつの仕業に決まってらァな。

「これもカミサマのオツゲか?」

血に埋もれた目玉を見つけて、草履で軽く蹴り転がしながら尋ねれば、鬼は朗らかに「いいや」と否定した。

「ただ、『するな』とも言われなかったんでな。こう……ぐちゃっと…」

そう言って手振りを加え、再現して見せてくる。
もしかしたらこいつは俺より数段ぶっ壊れているのかもなァ、なんて面白く思った。

「なんだ、自分が隻眼だから眼をくり貫かれた奴を見るのはツライってか?」

「はっ、まさか」

この左眼を失ったのもカミサマのオツゲだと告げれば、闇夜に溶け込む鬼は「じゃあ俺がこれからも目玉くり貫き続けても問題ねェな」と、ほっとしたように息を吐いた。

「嗚呼、そろそろカミサマ見えるかな」

他人の目玉をいくら集めたところで、視力が良くなるワケでもねェのに、うっとり酔った表情でそんなことを言う。

「お前ェの左目なら、カミサマが見えるのか?」

「さてな。見てみるか?」

「みる」

そう言いながらも、間合いを詰めてきた鬼は、左目の包帯を外そうともせず、ぽっかり空いた眼孔をその上から愛しげに撫でてきた。
その上、チュッと軽やかにくちづけまで包帯越しに落とすものだから、こいつ何考えてんだと奇妙に思った。

訊いてみれば、鬼は綺麗な顔でケタケタ馬鹿笑いをして、「高杉のカミサマに御挨拶だ」と言った。





(よろしくお願い致します、とか馬鹿っぽい口上でお似合いだろ?)

※正しくはフツツカモノ




<了>


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