ぐちゃり、
ぐしゃ、
何かを踏み潰す音が聞こえてきて、静雄は建物と建物の間に出来たほんの僅かなスペースを覗き込んだ。
月のない、真っ暗な夜のことだった。
色のついたサングラスは、暗い中では視界を邪魔するだけにしかならないからと、アパートに置いてきた。静雄の双眸は、だからその光景を、なんのフィルターも介さずに直接捉えてしまった。
ドサッと、買ってきたばかりのコンビニの肉まんが、レジ袋ごと手から滑り落ちる音がする。

「何、やってんだ」

「何って、」

夜の闇に溶け込むような出で立ちの髪から服装まで真っ黒な男は、ただひとつ黒ではない朱の瞳を煌めかせて、こちらをゆっくり振り返った。
美しく弧を描く唇から目が離せない。静雄はつい3日前に恋人になったばかりの男を、馬鹿みたいにぼんやり見詰めた。
そこに広がるのは赤、赤赤赤赤赤。静雄がとっくの昔に見慣れてしまった、しかし決して好きにはなれない命の色だ。
臨也の足の下で踏みつけられているチンピラは、意識は保っているものの、どうやら虫の息らしい。時折、抵抗にすらならない抵抗をしている。

「何、やってんだ」

静雄は同じ質問を、同じ男に問いかけた。

「何って、」

臨也も愉悦に満ちた笑顔のまま、同じ言葉を繰り返す。
そして、静雄の頬を、その真っ白い繊細な指でさし示した。

「お仕置き、だよ」

臨也は嗤う。誰に対してか――静雄にか、足元の男にか、或いは自身にか。
思わず頬の切り傷を押さえた。明日にはすっかり消えているだろう薄紅色の線は、昼間の取り立ての際に負ったものだった。じわり、と傷痕が熱を帯びた気がした。
シズちゃんは俺のなのに。自覚がなかった頃ならともかく、今はちゃんとはっきりシズちゃんは俺のなのに、ね。
臨也は嗤う。恐らく足元の男に対して。

「俺のに傷痕をつけるとか何考えてるんだろうね。本当に興味深い、面白い、嗚呼これだから俺は人間を―――」

臨也はその先を紡がなかった。代わりに血色を宿す双眸で、静雄のダルブラウンの瞳を真っ直ぐ射抜く。

「―――愛してる」

先程の続きを装っただけの、全く続きではない言葉が、静雄に向かって真摯に発せられた。
ゾワリ、と奇妙に熱を持った奔流が、背筋を這い上がってくるのを感じる。赤い瞳に射抜かれて、赤いアスファルトを踏み締めて、静雄は確かに震えていた。
じわじわと、吐瀉物のように競り上がる感情に名前をつけるなら、敢えて言うならそれはきっと――…


震えの治まらない身体を宥めるように抱き締めた。
しかしそれでも抑えきれないのか、静雄の口角は自然と無邪気な笑みを乗せて綻ぶ。
勿論、震えの原因は、恐怖などではなかった。。





(こんな自分でも、こんなにも烈しく愛されているのだと!)




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -