ドクンドクン、と耳に心地好い鼓動が響いていることにふと気付いた。
ピッ ピッ ピッ
次に目覚まし時計とは違う規則正しい電子音が聞こえてきて、静雄の意識はゆっくりと浮上した。

「やぁ、おはよう静雄」

「……」

霞んだ視界が捉えたぼやけた人影は、こちらを覗き込んで朗らかに笑った。
新羅、と返そうとした呼び掛けは、何故か声にならなかった。身体がひどく重い。それは声帯も例外ではないようだ。
真っ白な病室で、静雄はベッドに寝かされていた。口元に被せられたマスクから伸びたチューブが、ピッピッと小煩い電子音を奏でる医療機械に繋がっている。

「…こ…ぁ、?」

自身を叱咤して、なんとか紡ぎ出した問いかけは、意味のある言葉には聞こえないだろう程に掠れていた。
それでも付き合いの長い新羅は全てを察してくれたらしい、「僕ん家の病室」と言った。
新羅の家は広い。静雄の脳はその言葉を緩慢に咀嚼する。やはり身体がひどく重い。――そして、ひどく煩い。
心音がやけに響いていた。血液達は必死に静雄を生かそうとしていた。血液の集まる心臓が、どうしてか、泣きたいくらいに熱かった。
ふと隣のベッドを見ると、そこには臨也が寝かされていた。眉目秀麗な青年が真っ白なシーツの中横たわっている様は、一種の完成された美術品に感じる。

「………い…」

「あぁ、臨也は大丈夫だよ。単に貧血でぶっ倒れただけ。それよりも静雄、君の方が重体だ」

無意識に伸ばした手を押し留めて、新羅は奇妙な光を眼鏡越しの双眸に宿した。
憐れんでいるような、哀しげで、だけど慈愛に満ちた優しい眼だ。
そしてそれは確かに静雄に向けられているものであったが、同時に静雄の身体を介して、別の誰かにも向けられているようだった。そんな見透すような目付きだった。

「運命とは残酷だね、いや、その定められた運命に人は感情を持って臨むからこそ、残酷に感じるだけなのかも知れない」

遠くを見つめる眼差しのまま、新羅は独り言じみた口調で言葉を吐き出した。

「僕はね、静雄。これでも君達のことを想っているんだよ」

語りかけの体を取りながらも、静雄の返答は求められていない。
ただただ、それは眼鏡をかけた闇医者の告白でしかなかった。

「セルティが君を抱えてきたとき、何があったのかは知らないしセルティも倒れている君を偶然発見しただけだと言っていた、だけど君は血まみれだった。かろうじて息はしていたけど、あれだけの出血で生きていたのは、君だからとしか言いようがない。僕は正直、焦ったんだ。僕は闇医者だけど医者じゃない。十分な医療設備などないんだよ」

そこまでは静雄も、説明されずとも覚えていた。暗闇に引き込まれそうになる意識の中、慌てた新羅の呼び掛けを聞いた。
だが、そこでいったん気を失ってからの記憶はない。
いや、違う。意識が闇に沈む前、自分は、

「いざやのこえがした」

呟きは掠れはしなかったものの、たどたどしい響きを持った。
そうだ、あのとき臨也が飛び込んできた。珍しく息を荒げて「シズちゃん!」、と。

「運命とは残酷だね」

新羅は再び繰り返した。

「O型はどの血液型にも輸血出来るけど、逆にO型からしか輸血は出来ない。そしてね静雄、やっぱりここには大病院みたいな設備は整ってないんだよ」

新羅の言葉を、静雄は薄いベールを1枚隔てたような場所で聞いていた。ドクンドクン、と心音が鳴っている。煩いくらいに静雄を生かそうとする。
静雄はO型だ。そして新羅の言う通りここには医療設備が整っていないとすれば血液のストックなど微々たるものなのだろう。だとすれば、まさか。
もう一度、隣のベッドで眠る臨也を見る。臨也は貧血で倒れたと言った。
嗚呼なんということだろう。静雄は絶望的な気持ちになる。
この男もO型なのだ。

ドクンドクン、と響く血流は力強く、活力に溢れて静雄を生かそうとする。生かそうと、する。
その理不尽さに、怒りにも似た悲しみが襲った。

静雄は臨也に手を伸ばした。今度は新羅も押し留めようとはしなかった。この男をぐちゃぐちゃにしてやりたかった。
ぎりぎり臨也の手に、静雄の手は触れた。その手は温かくも冷たくもなく、恐らく同じ体温なのだろう。
握り潰してやろうと考えて力を込める。しかしまだ調子が戻っていない身体は言うことをきかず、単にそれを握り締めただけに終わった。

泣いてしまうかと思った。

カタン、と後ろから僅かにした音は、たぶん新羅が席を外した音だろう。彼はいつだって傍観者のくせに、傍観者だからこそ『こういうとき』の気遣いに長けている。

泣いてしまおうかと思った。

ドクンドクン、と響く血流は静雄を生かそうとする。静雄を、臨也は。
ぽたり、ぽたり。眼から落ちる雫がシーツに染みを作った。血液の集まる心臓が、何故かひどく熱かった。
静雄は臨也の手を握り直した。
臨也の手も静雄のそれを握り返してきた。その反応は反射ではなく、反射を装ったものだと、静雄には分かっていた。




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