僕は非日常に憧れていた。同様に非日常の存在であり、僕を非日常に導いてくれる折原臨也という人物を尊敬していた。いっそそれは盲目的な信頼と言い換えたっていい。
え? あぁ勿論ついさっきまでのことだけど。

「何やってるんですか臨也さん」

アパートに帰宅した僕は絶句した。布団と卓袱台を並べたらいっぱいいっぱいの狭い部屋に、何故かどでかい高級革貼りソファーが置かれていた。
しかもその上で、すらりとした足を悠々と組んで寛いでいるのは、件の折原臨也さんだった。
重い高級ソファーの足は畳にめり込んでいる。アパートを引き払うときに弁償しなきゃいけないことを分かってるんだろうか。しかも奴は僕が持っていたコンビニの袋を奪い取ると、もそもそと漁ってサンドイッチを無遠慮に食べ始めた。え、何こいつ。僕の夕飯。

「何やってるんですかうざやさん」

僕は怒りをなんとか押し殺して、さっきと同じ問いかけを繰り返した。

「あれ? 帝人くん? ちょっと違うよ、最初と微妙に違ってるとこがあるよ? 主に俺の呼称。あはは帝人くんはうっかりさんだなぁ」

「え? 何か僕間違いましたか?」

「……そんな純粋無垢な真顔で言うなんて、随分と人を傷付けるのが上手くなったねぇ」

ふぅ、と肩を竦めて首を左右に振る芝居がかった動作に、僕が何を思ったかなんて言うまでもないだろう。句読点込み五文字以内で説明できる――イラッ。
静雄さん並みとはいかないまでも、立派に青筋を浮かべた僕に、だけど臨也さんは気にせず「ところでさ、まぁ聞きなよ帝人くん」と、勝手に喋り出した。びっくりした。ここまで人ってフリーダムになれるんだ。
聞いてよ、ではなく、聞きなよ、だったところから臨也さんは筋金入りだと思った。っていうかなんで僕、この人をさん付けで呼んでるんだろう?

「…ってワケなんだ。酷いよねぇ酷いよねぇ、俺はただシズちゃんにこの溢れる愛を伝えて実感してもらいたかっただけなのに、あそこで道路標識はないよねぇ」

君もそう思うだろう? と、臨也さんは眉目秀麗な美貌に、見惚れるような笑みを浮かべて同意を求めてきた。ドキッと心臓が跳ねた。あれだ、食器棚の奥に黒光りしてカサカサしてなんか飛ぶあいつを見つけてしまったときのような感覚だった。
それにしても、僕が少し臨也さんのさん付けについて考えている間に、一体どこまで話は進んでしまったんだろう。この人のマシンガントークには心底辟易する。
他人の一歩先を行くような、全てを見透かしたような、そんな他人を追い詰める話し方にほんの少しカッコイイと思っていた過去の自分を殺してやりたい。だってほら、臨也さんって何のために生きてるのか分からない人だから。むしろ酸素の無駄遣いしてるだけだから。

「とりあえず帰って下さい」

「だってシズちゃんの乳首がそこにあったら吸い付かなくちゃシズちゃんへの冒涜じゃないか!」

「何の話!?」

色々と気力とか活力とか明日への希望とか、ごっそり失ってしまった僕が疲れきった声で帰宅を促すと、何故か臨也さんは猛然と反論になってない反論を返してきた。なんの拷問だろう。
話が噛み合ってないというよりは、別次元で言葉を投げつけ合っている気分になる。投げた言葉は次元の壁に阻まれて、相手に届く前にパァンと弾け飛ぶんだきっと。
なのに臨也さんが投げた暴投だけは、僕の頭にデッドボールするんだ理不尽なことに。

「そもそもシズちゃんはツンデレの使い方を間違ってるんだよね。ツン時々デレってもんじゃないからあいつ、ツン⇒俺に対して、デレ⇒他の人達に対して、の使い分けだから。ぇ何それミステイク? やだなぁ確かにツンデレは萌えの骨頂だけど、幾ら俺の気を惹きたいかってやり方間違っちゃ意味ないよシズちゃんもう馬鹿可愛いなぁ。それともこれはいじめ? これがいじめなの?」

あはは、と渇いた笑い声を上げた臨也さんは、だけど次の瞬間には豹変して、「俺だってシズデレが欲しいぃぃぃぃ!」とか、喚きながら持っていたサンドイッチ(僕の夕飯)をバッシーンと床(僕の部屋)に叩きつけた。
なんなの? ホントなんなの? 神様、僕あなたに何かしましたか? なんで僕はあなたにそんなに嫌われてるんですか?
僕はダラーズの創始者ではあるけれど、それ以外は至って普通の平凡で凡庸な高校生で。なのに何がどう間違ったらうざさしかアイデンティティーのない知り合いが出来て、その知り合いが僕の部屋で発狂するなんて事態に陥るんですか? あ、発狂って、元々狂ってる人には使わないか。余りにも信じがたい暴挙を目の前に、うっかりしてしまった。あはは。

……はぁ、

取り敢えずボールペンはどこですか?




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