現在、銀時たち万事屋一行は、真選組の屯所で倉庫の整理をしていた。日給制のバイトである。そろそろ生活費が本気で完全に底を突きそうだったため、顔馴染みのよしみで仕事をもぎ取ったのだ。
副長の土方とは、銀時は犬猿の仲のため、本音を言えば頼りたくなかったのだが、最終的に背に腹は変えられぬと、ここでバイトすることを決めた。
それだけ万事屋の経営状態は冗談抜きで切羽詰まっていた。

「しっかし汚ねェな。掃除ぐらい普段からしとけっての」

「文句言ってる暇があるなら手を動かして下さいよ。誰のせいでこんなことするはめになったと思ってるんですか」

銀時のぼやきを拾い上げて、割烹着にはたきを持った新八が「はぁ、」とため息を吐く。
真選組屯所の倉庫は、予想以上に乱雑に物が溢れていて、そして何より馬鹿みたいに広かった。重労働には慣れていたつもりだが、目算が甘かったといったところだろう。
使用してこのかた1度も洗ったことがないに違いない悪臭を放つ胴着が隅っこに押し込まれ、拷問で使うのか沖田の趣味かは分からないがそれなりの道具が放置され、絶対使わないだろう寧ろ使って欲しくないチャイナドレスが整然とハンガーに吊るされている。肉体的にだけではなく精神的にも疲労が激しかった。

「大体通帳の残高が1円ってなんなんですか。底を突きそうっていうか突いてるようなもんでしょこれ。最早レジの横に置いてある募金箱に募金するくらいしか出来ないじゃないですか」

人には文句を言うなと戒めながら、しかし相当苛ついているらしい新八は、自らもぶつぶつと不満を口にしていた。

「おいおい八つぁん、間違っても募金なんかするんじゃねェぞ。寧ろ俺達に募金して欲しいぐらいだからな」

「そうですね、銀さんは既にパチンコという名の欲望にまみれた募金箱に有り金全部募金したんですもんね」

このままでは鬱々と気沈みそうだ、と銀時が極めて明るく茶化せば、直ぐ様怨めしげな声が返ってきた。どうやら彼が真に怒っていたのは、雇い主のパチンコ癖の方に対して、だったらしい。
でも勝って稼ぎになるときだってあんだろーが。
立派にジャンキーなことを考えながら、銀時はチャイナドレスを纏めて燃えないゴミに突っ込んだ。
神楽は食堂で給持の手伝いをやっている。あの怪力に物を壊されちゃ堪んねーだろが、というのが土方の言い分である。しかし実際は、思春期突入中の少女に、いかにも『男』の臭いがする倉庫を片付けさせることに躊躇いを抱いたが故だろう。
ストイックな雰囲気で、女なんざ知ったことかと振る舞うくせに、あの男は結局フェミニストなのだ。女子供には甘い。それが何となく気に入らなくて、ついでに悪臭立ち込める胴着も丸めて捨てた。

「あ、銀さん、これどうしましょう?」

上の方の棚を整理していた新八が不意に声を上げる。
だけど銀時は、異様に苛々したまま、「口じゃなくて手ェ動かせ、手ェ。だからオメーはいつまでたっても新八なんだよ」とぶっきらぼうに応えた。
しばらくは新八も「なんだその新八まるごと否定するような言い方はァァァァ!」と怒っていたが、やがて落ち着いたのか、すぃと持っていた冊子を差し出してきた。

「で、これどうしたらいいと思いますか?」

「ンなもん、迷ったら取り敢えず捨てときゃいいんだって」

「そういうワケにはいかないですよ」

特にこれは、と言う新八を不審に思ってそれを受け取り、中をパラパラ捲っていくと、それは所謂アルバムというやつだった。
それも最近のものではない。近藤が若い、沖田が幼い、知っている顔も知らない顔も皆一様にあどけない表情で笑っている。恐らく人を殺しも殺されもしない平和な場所で。カラーが普及した今となっては珍しいモノクロの写真は、そんな穏やかな空気を見事に切り取っていた。
嗚呼、こりゃあ捨てらんねェな、と感じた。これがきっと真選組の原点だ。

最初に開けたページが後ろの方だったため、時間を遡るようにして銀時はアルバムを捲った。彼らの過去に踏み込むつもりはさらさらないが、やはり顔見知りの昔の容姿は面白いものだ。
特にドSの片鱗も見せない無邪気な顔で、満面の笑みをカメラに向ける沖田は興味深かった。
このまんま育ってくれりゃオメーも苦労しなくて済んだのにな。残念だったなという気持ちを込めて、脳裏に描いた真っ黒な男を笑ってやった。

「………あれ?」

不意に写真の中の、とある少年に目が止まって、銀時は首を傾げた。
隠し撮りなのではないだろうか、少年の目線はどこか別の方向を向いている。何かを眺めていて、思わずふと笑った、そんな場面が読み取れる写真だ。漆黒の着流しに漆黒の髪、すらりとした肢体は雪のように真っ白で、鋭い目付きをした――綺麗な少年。
長い髪を後ろでひとつにくくりあげ、穏やかに笑っている彼は、まさか、

「これ土方さんですか?」

答えはあっさりと新八が口にした。へぇー、昔は長髪だったんだ、とかなんとか、髷を結っている近藤も長髪と言えば長髪なのだが、それは綺麗に無視をして感心したように呟く。

「やっぱり美人な人って昔から美人なんですね」

案外土方になついているらしい新八は、銀時が絶対認められない好意的な意見をさらりと述べた。

「ンなワケねェだろ。あんなんが美人だって言ってたら程度が知れるぜ新八くん」

「そりゃ銀さんは面白くないかもしれないですけど、客観的に言ったら土方さんは役者並みに整ってると思いますよ」

「それはあれだ、ゴリラとの相対的比でだな……」

「狂死郎さんのお墨付きでも?」

「それはあれだ、しろう繋がりで多少贔屓目が入っちまったんだろ。全くナンバー1ホストもあれだよな、うん」

「………何言ってんですかあんた」

「じゃああれだ、もっとチビの時期の写真を見てみろ。きっと見れないような顔で生まれてきてっから」

「普通小さい頃であればあるほど可愛いんじゃないですか……?」

どこまで負けず嫌いなんだか、と呆れた視線を向けて、しかし新八は律儀に土方の幼い頃の写真を探していく。
別に探さなくていいのにと思う。本当は銀時だって土方が整った顔をしているのは分かっていた。整形美人でもあるまいし、昔からこうなのだとも認めている。
だから探す必要性などないのだ。恐らく、無邪気で愛らしい子供がゴリラと戯れているのだろう光景など。



「そこに土方さんの小さい頃の写真はありやせんぜ」

「…っていつからいたのお前ェェェェ!?」

突然ひょいと横から覗き込む形で話しかけてきた青年に、銀時は条件反射のようにバッターンと勢いよくアルバムを閉じた。

「え、沖田さん!? どうかしましたか!?」

勝手に他人のアルバムを眺めていた後ろめたさからか、新八が取り繕うように、なんの前触れもなく登場した沖田へと尋ねた。
外見だけ爽やかな青年は、相変わらずの平淡な調子で「土方コノヤローに様子見てこいって言われやしてね」と肩を竦めて見せる。そしてニヤリと人の悪い笑みを銀時に向けた。

「それより旦那、土方さんの小さい頃見たいんですかィ?」

「いや別に興味ねェし」

「残念ながら出会った時期があれなんで、土方さんの幼少期は近藤さんでも見たことありやせん」

「…………いや別にきいてねェし」

「仕方ないですねィ。旦那がそんなに見たいって言うなら、この裏ルートで天人から秘密裏に入手した薬でぱっぱと土方さんを若返らせてあげまさァ!」

「沖田くんは人の話ちゃんときいて!? つーかもうそれ犯罪だろ!」

「囮捜査と言って下せェ。つい先日ちゃんと検挙してきやした」

「利用するだけ利用してェェェェ!?」

懐から透明な液体の入った小瓶を取り出して、銀時の眼前で振って見せる青年に恐ろしさを抱く。さっきまで青年の無邪気な時期を見ていたから余計だ。


「ッッおいてめえら! 片付けにいつまでかかってんだ!」

その時、ガラリと倉庫のドアを乱暴に開けて、怒鳴り込んできたタイミングの悪い男に目を向けて、取り敢えずその場にいた全員が、だからお前弄られるんだよ、と嘆息した。
そのまま躊躇なく手にした小瓶の中身を土方にぶちまけた沖田は、爽やかなどす黒い顔で「良かったですねィ旦那」と微笑んだ。何も良くはない。
新八に至っては「僕は知らない僕は知らない」と自己暗示までしているではないか。トッシーかお前は、と逃避気味にツッコミをしたあとで、ようやく銀時は現実に目を向けた。




「なにしやがんだ、てめえら」

そこでは、だぼだぼの隊服に埋もれた見た目6歳くらいの少年が、こちらを必死に睨み付けていた。




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