これが土方だと分かっていなければ、少女と間違えたかもしれない。
極め細やかな白磁の肌に、ふんわりと朱のさした頬はよく映える。さらさらと肩を僅かに過ぎた辺りで揺れる髪は吸い込まれそうな夜空を連想させ、写真と同じく緋色の組紐で高い位置に纏められている。ふっくらとした唇はどこか倒錯的な艶かしさを醸し出し、大粒の宝石のような灰水色の瞳はどこまでも真っ直ぐに澄んでいた。まだ剣胝も出来ていない幼く小さな両手は、守られるだけの非力な年齢の証に思えた。

「ちょ、これ予想以上に可愛いですね」

「手は出すなよ童貞」

「なんてこと言うんですか沖田さん!」

銀時はただ茫然と、そんなことをギャイギャイと言い合う新八と沖田とを、ただただ眺めることしか出来なかった。
いや、これでも一応内心では慌てふためいているのだ。土方は先程『なにしやがんだ、てめえら』と言った。『てめえ』ではない、『てめえら』と言った。
完璧に銀時も共犯と見なされている。濡れ衣もいいところだ。
一方で、実行犯であり計画者であり、つまり単独犯であるサディスティック星の王位継承者は、面白がって幼児化した土方の頬をつついていた。

「今もこれくらい可愛気があれば、舎弟にしてこきつかってやるんですけどねィ」

「……俺は可愛気がなくて心底助かったと思うぜ」

頬を弄る指から逃れようとして、だけどサイズの合わない隊服が邪魔になるのか、うごうごと土方がもがく。
その姿を愛らしいと言わずに何と言うのか、銀時には分からない。
愛しさで胸がいっぱいになる。


「…って何いっぱいになっちゃってンの俺ェェェェ!?」

うっかり妙な方向に転がってしまった思考を殴り付ける勢いで、銀時はセルフツッコミで自らを戒めた。
愛らしい? 自分は今よりによってあの土方を、幾ら幼児化しているとはいえあの土方を、アイラシイなどと表現したのだろうか? あまつさえイトシイなどと?
あり得ない、それはあり得ない。あり得ないはずだ。
確かに今の土方は一般に可愛いと評される容姿で、ぎゅっと抱き締めて頬ずりしてぐりぐりしたい衝動に駈られるが、だから何だ。
そもそも土方は元から美人ではないか。きっかり成人したあとのこの男も、美人で綺麗で男前で時折どうしようもなく可愛らしい、そんなぎゅっと抱き締めて頬に唇を落としてくしゃくしゃ頭を撫でてやりたい存在だったではないか。

「…ってだから違うだろ俺ェェェェェェ!?」

なんだか向き合ってはならない己の深い部分を掘り当ててしまいそうになって、銀時は叫んだ。とにかく叫んだ。叫ぶのはいい、衝撃で自分を正気に戻してくれる。
急に発狂した銀時に驚いた視線が3方向から集まるが、そんなことは些細なことだ。

「向き合っちゃ駄目だ向き合っちゃ駄目だ向き合っちゃ駄目だ」

●ンジのようで、まるでシ●ジと真逆の台詞を自身に言い聞かせる。だって向き合えるはずがない。
俺と土方がっていうか俺が土方をっていうか、いや確かに可愛いけども! いや可愛くないけど可愛いけど可愛くないけども! 愛しいだなんて思ってないんだからね馬鹿ァ!

「お、おい、万事屋」

壊れたようにぐっしゃぐっしゃ天パを掻き回す銀時を見兼ねたのか、土方が戸惑ったように声をかけた。
変声期を迎えていない、子供特有の鈴の転がるような声を聞いた瞬間、とうとう銀時の中で何かがプツリと音を立てて切れた。
理性の糸が、ではない。敢えて言うなら、その想いを妨害していたプライドのようなものが、だった。
もう何でも良くね?
そんな開き直った囁きが聞こえたような気がした。

「「「え?」」」

銀時以外の3人の疑問が重なって発せられたときには既に、銀時は土方を抱きかかえて倉庫から逃走していた。



 *



「おいてめえ! 急に何しやがる!」

取り敢えず副長室に飛び込んだ銀時が降ろすと同時に、土方は全く怖くない子供声で怒鳴ってきた。

「お前、ポニーテールしてたの」

「はぁ?」

怒りでか上気したした頬を見詰めながら尋ねると、土方は怪訝そうな表情をした。
外見年齢にそぐわない顔をして見せる目の前の子供に、もう一度同じ質問を繰り返すと、鬼気迫るものを感じたのか土方は気押されたように「あ、あぁ」と肯定する。

「一時期…11歳ぐれェか? 散髪してくれる人がいたから短くしてた時はあったけどな。まぁ基本的には……って、別にあの時代は長髪なんざ普通だったろ」

「馬鹿にしてるワケじゃねーよ」

女のようだと揶揄されたと思ったのか、途端にムッとした土方に対して咄嗟に返した否定は、意図せず拗ねているような口調になった。

「そ、そうかよ」

普段自分をからかってばかりくる銀時が、まさかそう返すとは思わなかったのか、土方も気まずそうに呟いたきり黙ってしまう。
沈黙が場を支配した。


「…なぁそれ、元に戻んのか」

重い空気をを払拭したくてそう真面目に問えば、土方も銀時を見据えて真面目に答える。

「総悟もそこまで悪質じゃねェよ。あの薬は『若返り』っつーより『戻る』に近くてな、身体そのものじゃなくて『時間』に影響する。俺の髪が伸びて結ばれてんのがいい証拠だ。『若返り』なら今の短髪のまま、身体が小さくなってないとおかしいだろ? 服までは『戻ら』なかったのは、たぶん髪紐よりは身体に密着してないからだと思うんだが……。まぁ俺も詳しくねェからな、簡潔に言やぁつまりこれァ実質的に身体に作用を及ぼす薬じゃねェんだ。薬の効果が切れれば、何事もなかったように身体も戻るし、身体に作用してるワケじゃねェから後遺症も残らねェ」

「そっか」

「そうだ」

再び沈黙が訪れた。どうも上手く会話が続かない。
それは、土方が銀時の突然の奇行に戸惑っているからなのだろうし、銀時は銀時で『こういう』とき、どうすればいいのか経験不足で分からなかった。
今まで爛れたそれしかしてこなかったツケだとでもいうのか。


「……だったら早く戻れよ」

「あ? あ、あぁ」

迷いを捨ててそう告げると、銀時の口から心配するような言葉が出たことが意外だったのか、土方はむず痒いといった表情で頷いた。

思えば、

銀時は考える。
思えば、沖田が銀時の制止を無視して、土方に薬をかけたのはどうしてか。それは銀時の心の内を読み取ったからに他ならない。
確かにあのとき、沖田に土方の幼少期は近藤でさえも見たことがないと教えられたとき、銀時は一瞬言葉に詰まったのだ。それは何よりも雄弁な答えで、聡い沖田にとっては気持ちの吐露と変わりはなかったのだろう。
沖田が銀時のそれを後押ししようとしたのか、或いは妨害しようとしたのかは定かではない。
しかし結果、現在沖田の行動は後押しになったのだから、どちらでも同じなのだと思えた。

「早く戻れよ」

その姿も可愛いけど。とは心の中に留めて、だがもう銀時は自分自身を誤魔化そうとはしなかった。
銀時が好きなのは現在の彼であって過去の彼ではない。ひとつに縛りあげられた長髪よりも、風に躍動する短髪の方がいいと思うし、柔らかな守られるだけの非力な手より、剣胝のある筋張った守るための手の方が土方らしいと感じた。

そうだ、自分はこの男が好きなのだ。

改めて言葉にしたその事実は、驚くほど素直にすとんと銀時の中で落ち着いた。
早く戻れ。この男が銀時と肩を並べる『時間』まで。それから告げようではないか、




この胸いっぱいの愛しさを。




 ̄ ̄
幼児誘拐、ダメ絶対




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