ふと上を見上げた。慣れ親しんでしまった天窓から月明かりが滲んでいる。
思わずそれに手を伸ばすと、ジャラリと重々しい音がして、両腕を拘束する鎖が不快に揺れた。病人のように蒼白い腕、手首はこんなに細かっただろうか。痩せたような気もするし、そう変わってないようにも思える。はて、この手錠はこんなにも緩かったか。
そこまで考えて、馬鹿馬鹿しくなって息をついた。同時に、カチャリと音が響いて部屋の扉が開いた。

「よぉ、起きたのかぁ?」

クツクツと独特の嫌味な笑いを奏でながら部屋に入ってきたのは隻眼の男――高杉だった。

「あぁ」

俺は奴の方を見もせずに、ぼんやり天窓に目を向けたまま肯定を返した。
正確な日数など分からなくなるほど長い間着替えさせてもらってない隊服は、ツンと鼻につく臭いを発している。風呂に入りたい。言えばきっとこの男はそれを叶えてくれる。
いや、叶えてくれると思いたいのか。嗚呼、俺はまだこいつを……。それは俺がここにまだいることがその証拠なのだが。

「どうしたぁ? 鬼の副長ともあろうお方が随分とおとなしいじゃねェか」

「逆らって欲しいのかよ、今更」

「いんや? こんな飼い殺された狗みてぇなのが『鬼』だとか、幕府もボケたもんだと思ってな」

隻眼に心底蔑みの色を浮かべて高杉は俺を罵る。こいつにしてはセンスのない、ありがちな言葉の羅列。狗だ何だと、もう慣れている。
それでもポーカーフェイスを繕って無表情を努力するのは、それは俺が内心傷ついているからで、傷ついているのは『高杉』の言葉だからだ。

本当に馬鹿馬鹿しい。

これは『鬼兵隊総督』による『真選組副長』の監禁だというのに。


高杉は鎖に繋がれた俺の元に歩み寄ると、躊躇いなく俺を抱き締めた。いつも思うが、俺の――汗や何やらの放つ臭気が気にならないのだろうか。
抵抗することも抱き締め返すこともせずに、それをただ甘んじて受け入れる。

「うぐっ」

背中に痛みが走り、耐えきれず口からうめき声が漏れた。どうやら何処からか取り出した懐剣を突き立てられたらしい。

「そろそろ吐く気になったかぁ?」

高杉がお決まりの台詞をにやつきながら発す。『吐く』内容は幕府の内部情報であり、これが攘夷志士の敵である俺を殺さずに監禁する理由だと言う。
本当はそんな情報欲していないくせに、とは心の内にだけで留めておいたが。相手はともかく、わざわざ自分まで追い込むことはない。

「はっ、誰が吐くかよ」

だから俺も『お決まりの台詞』を相手に返す。
高杉は俺を決して『殺せない』から、俺が『耐え兼ねて』情報をぶちまけるまでこの不毛な問答は続くだろう。いつまでもいつまでも、何が起きて、世間の情勢がどう変わろうとも、それは俺が『望む』限りこのままだ。

「ッッ」

背中に突き立てられた懐剣でぐりぐりと抉られ、痛みに噛みしめた唇が切れたのか鉄錆びの味が咥内を犯した。嗚呼、自分で自分の怪我を増やしてどうする。

「吐けっつってんだろ。狗は吠えるのが仕事のはずだがなぁ」

呆れを装おう高杉の声には、明らかに苛立ちと、そして巧妙に哀しみが隠されていた。
中途半端に刺さった懐剣をぐりぐりと動かされるのは酷い苦痛だ。だけど決して吐いてなんてやるものか。

例え、お前が『俺』を『傷つけること』に『耐えきれなく』なろうが、俺は決してこれを終わらせない。




敵である俺が、誰にも非難されることなく、お前の側にいられる特権を。




俺はお前を手に入れるつもりも、お前のものになるつもりもなかったんだ。一線引いた仮染めの馴れ合いの中で、いつか『その時』がきたら刄を向ける覚悟だってあった。
それに我慢出来なくて――手放す覚悟が出来なくて、今までを『壊して』『始めた』のはお前だろう?

こうなったからには、今更『止めたい』なんて許さない。




「い、ぬは、噛みつくことが、仕事、な、んだよ」


息も切れ切れに宣言して、俺は目の前の男に噛みつくようなくちづけをした。




 *




ガシリと、襟首を掴む手は強引で、俺の意向など全てを一切拒絶していた。
唯我独尊なこいつがこっちの都合なんて構わずに勝手振る舞うのはいつものことだ。だけど、いつもは『ふざけるな』と抵抗するはずが、それを今回に限って受け入れてしまったのは、きっと、俺に触れるその手が柄にもなく震えていたからだ。

ぐちゅっと、耳を犯す水音を立てて性急に与えられたくちづけに、思わず「ふ、」と声が漏れた。未だに慣れない、自分のものとは思いたくない甘ったるい声が、恥ずかしい。
月は出ていない。朔の日だからだ。
暗闇に紛れて、それでも足りないというように路地裏で逢瀬を重ねる自分達はなんて滑稽なのか。
俺のものとは違う紫煙の香りが鼻腔をくすぐる。嗚呼そうだ、確か俺は煙草を買いに外へと出たのではなかったか。この男に会うためではない。

幾度も身体を重ね、愛を囁いた仲とはいえ、俺はまだ真選組の隊服を着ている。
こんな、指名手配犯とくちづけを交わしていていいはずがないのだ。
溶かされかけた脳に無理やり正気を呼び戻し、男を押し返す。


と、一瞬衝撃が走り、何故か視界が揺らいだ。意識が飛びかける。もしかして腹でも殴られたのだろうか、上手く息が出来なかった。

崩れ落ちる間際に見た隻眼は、光の加減か、涙に濡れているようにも見えた。




 ̄ ̄
私が書くと何故かえろにならない監禁不思議




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