どうしてこうなってしまったのか。刀を向ける先にある隻眼を眺めて、土方は泣きそうだった。
嗚呼、いつかはこうなると分かっていたくせに、今更そんなことを思うのはただの逃避だ。

はやく、はやく、と周りの空気が急かす。
はやく、はやく、男を――敵の大将を討ち取れ、と。


この頃、特別に忙しい用事がない限り、午後7時に帰宅するのが土方の日課だった。
近藤や沖田に好い人でも出来たのかと散々からかわれたときには、阿呆かと一蹴したが、恥ずかしながら実際はその通りだった。
自分の立場を考えれば決して一緒にいてはならない男を、偶然か必然か、愚かにも好いてしまったのは己の落ち度。後ろめたさが全くないわけではなかった。
しかし、それでも少しでも長く共にいたいのだと、土方が開き直ったのがつい最近のこと。

――だって、たぶん、本当にあと少ししかなかったから。

自惚れるつもりはないが、純然たる事実として、自分は愚鈍ではない。だから感じていた。何気ない男の一挙一動一言に違和感を、きっとこの蜜月は長くは続かないと、そう男が決めてしまったことを。
彼はもう決断していた。この世界を消してしまおうと、既に。それが土方との訣別になると知りながらも彼はそれを選んだのだ。
昨日――つまり『恋人』としての最後の日――編み笠を目深に被り、隻眼を隠して屯所の側で自分を待っていた男の姿が不意に蘇る。

『一度ぐれェあんたの隣を歩いたって良いだろう?』

そんなクサイ台詞を吐かれて、だけどどうして断るなんて出来ようか。
夕焼けに染まる道を二人並んで家路を辿ったあれは、考えてみれば、ほんの数十時間前のことだ。

好きだった、愛していた。
いや、今だってこんなに。

ならば何故逃げ出さずに、男と対峙せざるを得ない戦場(ここ)へ来たのかと聞かれれば、『だからこそ』来たのだとしか言えない。

「高杉晋助、てめえの抹殺許可は下りてる」

ともすれば、今現在、目の前でいやらしく嗤っているテロリストに、昨日の――まるで付き合い始めの中学生が下校時に見せるような、そんな笑顔を履いた男を重ねてしまいそうで。土方は震える声を叱咤し、殊更冷たい口調でそう言った。

「だから?」

隻眼が細められる。
嗚呼、男は答えを待っている。
そんなもの、男に愛されていたいと願う土方が、答える言葉は明白だというのに。

互いに決して譲れぬ一線を持っている。それを越えたときは信念を持って真正面からぶつからなくてはならない。例え相手が狂い死にそうになるほど愛したコイビトだとしても、狂い死にそうになるほど愛したコイビト『だからこそ』。
硬質で残酷で血塗れで、だけどどこまでも真っ直ぐに輝く日本刀のような、そんな芯の通った生き方に、互いは互いに惚れたのだ。
相手を殺したくないからといって、信念を曲げれば、最早自分は相手が愛してくれた自分ではなくなってしまう。
愛されていたいのだ。殺されることより殺すことより、何より恐ろしいのは愛想をつかされることなのだ。
――だから。

「斬る」

告げた瞬間、高杉はふわりと嬉しそうに微笑んだ。それは紛れもなく恋人に向ける類いの笑みで、つられて土方も嬉しくなった。
すらり、と柄のない素朴な刀が腰から抜き放たれる。血を吸った刀特有の禍々しさを宿しながらも損なわれない輝きに、選択は間違っていないのだと言われているような気がした。

(俺はこの輝きに恥じるような人間にはなりたくねぇ)

ありったけの力を込めて地を蹴る。高杉も同時に、痛いほどの殺気をみなぎらせて向かってくる。
嗚呼、アイシテルアイシテルアイシテル!
全身全霊を持ってして、断罪の一太刀を振り下ろす。
全身全霊を持ってして、訣別の一太刀が振り上げられる。

どちらのものとも知れない鮮血が、美しく宙を舞った。





(後悔なんてありません。ただそれだけが気がかりです)




――

なんだか前向きなヤンデレ?




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -