清潔なベッド、アルコールの匂い、真っ白な世界の中にひとつ異質な黒が横たわっている。

「死んでもいいとでも思いやしたかィ?」

「馬鹿言ってんじゃねェ」

そわそわと辺りを見回す土方に、病院は禁煙ですぜと教えてやれば、軽い舌打ちが返ってきた。
抗菌されたシーツの上に沈むしなやかな身体は、背中に負った刀傷のためにうつ伏せのままだ。ベッドの正面に立つ沖田には、土方がどんな表情をしているのか分からなかった。

それはいつもの光景だった。
食堂に向かう途中、屯所に植えられた遅咲きの梅に土方が視線を移した。一瞬の隙。それを認めた沖田は、ほとんど条件反射の要領で、背筋の伸びた後ろ姿に思いっきり斬りかかってやった。
いつもの光景。土方はいつものようにその太刀を躱し、いつものように沖田を怒鳴りつけるはずだった。
ざくり、と間の抜けた音が響いて、目の前に飛び散ったのは真っ赤な飛沫。伸びた背筋がぐらついて、視界から消えた。
異変を感じ取った山崎が駆けつけて来るまで、沖田には何が起きたのか理解できなかった。


「寝不足だったんだ」

病室の白に埋もれながら、恥ずかしい失敗を見られた子供のような口振りで、土方は言い訳をした。斬ったのは沖田なのに、まるで自分の過失だとでも言いたげだ。
そこで沖田は気付いた。いつの間にか自分は、土方が死なないという『前提』のもとに『殺害』を計画するようになっていたのだと。

「寝不足だっただけだ」

もう一度、土方は繰り返した。自分自身に言い聞かせているようだと思った。

「だから、死んでもいいとでも思ったんですかィ?」

呼応するように、沖田は先程と同じ問いを繰り返してみた。

彼は、手離せない恋人と、裏切れない大将との間に挟まれ、身動きが取れなくなっている――のだと思う。証拠があるわけではないが、だてに幼い頃から彼を見てきていない。
なめるな、と形の良い後頭部を睨み付けた。

「……そんなんじゃ、ねェさ」

絞り出すように土方が吐き出した囁きは、ともすれば『溜め息まじり』とも表現できて。
嗚呼、まさか、疲れたとでもいうのだろうか。何があってもずっと、振り返らず立ち止まらず、走り続けてきたこの男が。
否、本当は知っている。
彼は疲れているのではない。彼は死にたいのではない。
ただ、彼は、大切な人たちの間で板挟みになっているこの状態から、早く解放されたいと思っている。早く恋人と縁を切らねばと思っている。無意識だろうが、彼は、そのきっかけが欲しかったのだ。沖田の振りかざす断罪――そんなつもりではないのだが――の刃。それが与える痛みで、目を覚ますことを望んだのだ。
或いは、死にかけたことを契機に、お前を想い想われる俺はもう斬り殺されて死んだのだと、彼は『あの男』に言いってやる理由を得たかったのかも知れない。

「そんなことで棄てられるんですかィ」

恋人をか、恋心をか。たぶんどちらも。

「出来るさ。そもそもこの俺が恋情に惑って信念を揺らがせるなんざ……」

「惑いやすいからこそ、あの女(ひと)を傍に置かなかったへたれが何言ってんでィ」

「はっ、なんなら試しにこの左眼でも抉って捨ててみるか?」

そうすりゃ俺も、と呟く肩は、嗚咽か愉悦か小刻みに震えていた。




__

高杉を斬れない土方(=情が深い)と、土方を斬れる高杉(=やんでれ)と、とばっちり食らった沖田(=シスコン)www
最後の台詞は「そうすりゃ俺も(愛しい人を斬れるようになるさ)」です。




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