銀時は突如発狂した土方に困惑した。
付き合い始めて1ヵ月ほど経つが、このしっかりしてそうで実は途方もなく抜けている恋人を未だ掴みきれていない。自分のことをまともだと信じ込んでいるところが余計タチ悪い。
マヨネーズへの異常な信仰心をはじめ、よく分からない映画で泣きじゃくったり、ひとりだけ物事を違った解釈していたり、ゲームの中の長老を過剰に擁護したり、不真面目に葬式を執り行う坊さんをこれまた過剰に擁護したり、とにかくズレているのだ。この男は。
今も突然、事後の風呂上がりのほぼ全裸状態のまま
「ブラジャー!」
なんて悲鳴を発して、パニックを起こしている。意味が分からない。

「おーい土方くーん戻っておいでー」

「ブラジャー星にか!?」

「ブラジャー星!?」

「いやだってブラジャーはブラジャーだぜ? ブラジャーはブラジャーだしブラジャー…ブラジャー…ブラジャー…」

「ちょっと大丈夫? 何か危ない人になっちゃってるんだけどどうしたらいいのこの子」

「後ろホックより前ホックの方がいい、だァ!?」

「ひとっことも言ってないんだけどそんなことォォォ!」

「おまっブラジャーって! 前ホックって! 落ち着け万事屋ァァァァ!」

「てめえが落ち着けェェェェ!」

ツッコミを入れても、叫んでも、揺すっても、ひたすらブラジャーを連呼し続ける土方に、そろそろ本気で救急車を呼んだ方がいい気がした。
一体どうしたと言うのか。そんなにブラジャーが欲しいのか、と思いかけたところで物凄い悪寒が背筋を駆け抜けた。
食べ物を求める餓鬼のような必死さでブラジャーを求める土方。何それ。シュールだ。

とにかく、何故急に土方がブラジャーを求め出したのかは知らないし、知りたくもないし、そもそも万事屋にブラジャーなんてものはないのだから、何をどうすることも出来ない。
神楽の女児用ブラがないこともないが、流石にこんな状態の成人男性に差し出すほど銀時も鬼畜ではない。かつてパー子になったときに使ったFカップブラは、とっくの昔になくしてしまった。たぶん大掃除したときなどに捨てたのだろう。

「えっと、土方ってブラジャー好き? それとも女装癖があるの…?」

取り敢えず、鬼の副長がブラジャーを渇望するという気持ち悪い現状を打破するために、まずは日本語でコミュニケーションを図ろうとそう訊けば、土方は蔑むような目付きをして
「ブラジャーはてめえだろ」
なんて宣(のたま)った。
ちなみに銀時は決してブラジャーなんかではない。無生物扱い!? とつっこむべきか、日本語喋ろうかと窘めるべきか一瞬迷う。

「間違えた。ブラジャー好きはテメーだろ、だ」

「ごめん真剣に意味が分からないんだけど。俺1回もそんな素振り見せた覚えないんだけど」

銀時も本来はノーマルな男であるから、女性に興味がないわけではない。だが、銀時が好きなのは巨乳であってブラではないのだ。
大体、今は恋人のいる身だ。女の身体を持てない彼の前で、あからさまに巨乳がどうとかブラがどうとか言わない程度のデリカシーはある。それ以前に、銀時は土方の外見に惚れたのではなく内面にこそ惹かれたのだから、彼の身体が男だろうと女だろうと問題にならない。
…などと、あれこれ立派にノロケと分類されるであろうことを考えていると、土方はその間にどういう結論に達したのか、何かを決意する表情になった。
この男は下手に頭が回るために、考えすぎてドツボに嵌まることが多々ある。特にこうして自己完結されたものは、他人には到底理解出来ないぶっ飛んだ思考回路の末、形成された結論に違いないのだ。
嫌な予感がする。嫌な予感しかしない。

「あぁそうか、好きなのはブラじゃなくてやっぱり女装の方か」

「やっぱりって何!?」

「分かった、俺がてめえのその腐った性根を叩きのめしてやらァ!」

普通は『叩き直す』んじゃないのか? なんて、とてもじゃないけど言えない勢いで宣言した恋人は、やはり意味不明だった。それこそブラジャー以上に、好きな素振りを見せた覚えがない。比較的常識人と称される彼だが、時々心の底から理解不能だ。
これで大丈夫なのか真選組、と心配しつつも、しかし銀時は諦めの溜め息をつく。

「…まぁ、テメーの暴走に付き合ってやれるのって俺ぐらいだしな」

近藤は諫めるだけだろうし、沖田は放置するのだろう。真選組の部下たちなど振り回されるばかりできっと話にもならない。
そう思って苦笑する銀時は、結局馬鹿な子ほど愛しいものなのだと結論づけた。


だけど、漢らしさの勉強だなんだと、向こう半年アニキの映画を延々見せられ続けたのには流石に泣いた。



 *



銀時と付き合い始めて1ヵ月ほど経ったある日のこと、土方は万事屋で衝撃的なものを発見することとなった。

「…ブラジャー?」

事後のシャワーを終えた土方に、その辺のてきとーに着といて、と銀時は言い残して風呂場に向かった。彼も汗や何やらでどろどろになった身体を清めたいのだろう、足早に去っていった。
ふと土方が、その辺ってどの辺だ、と思ったときにはシャワーの音が響いていて、たったそれだけのために風呂場まで銀時に訊きにいくのは躊躇われた。だから仕方なく、勝手知ったる他所の家とばかりに『その辺』を漁ってみたのだ。
そうして出てきたのは……。

「ブラ、ジャー…」

よりによって、銀時が寝間着として使っている作務衣の中から出てきてしまった、ひらひらでぴらぴらでふりふりの、それ。

「ブラジャー…」

おそるおそるつまみ上げ、何度も名称を呟いてみるが、残念ながらそれはそれそのもので間違いないようだ。
何故こんなものが銀時の服に混じって出てくるのだろうか。同居人の少女が着けるには、少々大きすぎるし大人っぽすぎる。
意味の分からなさに目眩がして、ぐるんぐるんと頭が混乱した。

え? だって、ブラジャーってブラジャーだよな。開国してから急速に普及した女が着けるやつ。普通思考の男には一生縁がないやつ。
なんだあいつブラジャーが好きなのか。まぁあいつも男だからな、それはいい。許す。だけどもし、もしも、そうじゃなくて、あいつに女装癖があって、それ用のあれだったからどうしようか。いやだ、そんな女々しいのは御免こうむる。近藤さんには劣るものの、俺なんかより断然厚いあいつの胸板に、こんな可愛らしいぴらぴらが可哀想なほど伸ばされて装着される。それなんて悲劇。
うん、だってブラジャーだぜ? ブラジャーってブラジャーなんだぜ? ブラがジャーとしてブラジャーはブラジャーだからブラジャーで……。

「土方?」

「ギャァァァァァ!?」

突然背後から声をかけられ、飛び上がった土方は、咄嗟に問題のブツを元の位置――つまり銀時の服の下――に押し込んだ。振り返ると、腰にタオルを巻いただけの銀時が風呂上がり特有の湯気を立ち上らせて不思議そうな顔をしていた。

「なんでオメーまだ服着てねェの?」

なんでも何もあるものか。暢気に天パを掻き回しているアホ面に、言い様のない理不尽さを感じて、土方は思いっきり怒声を上げた。


「ブラジャー!」

実際には悲鳴に近い声になった。




 ̄ ̄
ブラは勿論パー子の
紛失物ってたまに最悪な形で見つかるよねっていう





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