その日は朝からどしゃ降りの雨で、昼間だというのに、日没後のような暗さだった。
土方は私宅の窓をカラリと開けた。庭の椿の花は、水滴に押されて苦しげだ。固いクチクラ層で守られた葉だけが、バケツをひっくり返したような水圧に負けずに、しっかりと立っていた。
濡れて濃くなった花の色は、恋人の派手な着物の色とどこか重なる。加えていた煙草の煙を、外に向かってふぅと吐き出してやった。

「絵になるな」

不意に、余裕たっぷりの、それでいてどこか真剣な調子の声が後ろから聞こえた。

「そうか? 椿なら雨っつーより雪だろ」

今日は非番で、ここは私宅だ。だからこそ土方は、穏やかにそう返すことが出来た。いつの間に上がり込んだのか。男の登場に跳ねた心臓を隠すために、振り向くことはしない。
強情に椿から目を離そうとしない土方に焦れたのか、男は「花の話じゃねェよ」と、背中にのしかかってきた。
自然、抱き締められる形になる。雨の中をいつもの薄い着物で歩いてきたのだろうか、その身体は冷えていた。

「じゃあ何だってんだ」

「お前ェはときどき鈍すぎて心配になるぜ。いつか思わぬ伏兵にパックリいかれちまうんじゃねェか?」

「意味が分からねェ」

「まぁ、それでこそお前なんだがなァ」

背中にくっついたまま、ぐるぐると猫のように喉を鳴らした男は、土方の煙草を持つ手に自分のそれをそっと重ねた。なんら変わらない、刀を振るう者の手だった。
煙草を奪い盗られ、窓の外に捨てられる。火が、と焦ったところで、すぐに外は雨だと思い直す。
その一瞬の間に、土方の顎は捕らえられ、上半身だけを背後に向ける少々キツイ体勢で、唇を塞がれていた。

「んんッ……」

「こっち向けや」

食われるかのような、本能的な恐怖を感じさせるくちづけの合間を縫って、不機嫌そうな文句が告げられた。
もうお前が無理やり向かせたじゃねェか、と内心では反論しつつも、土方は舌を差し出していた。甘く吸われて、全身がざわりと騒いだ。
このままでは外から丸見えだ、と上手く力の入らない指を開いた窓の木枠に引っかけて、何とか閉める。途端に、もう遠慮は無用と思ったのか、或いは単に興が乗っただけか、男はキスは続けたまま土方を押し倒した。

「高杉…」

最後に唇を軽く舌で撫で上げながら唇を離した男の名を呼んだ。
湿気があるからか、その端正な顔に包帯は巻かれていなかった。組敷かれ、下から見上げる形の土方には、その伸びた前髪の奥がはっきりと見えていた。
以前、お前ェになら良い、と晒してくれた高杉のキズアト。堪らなくなって首に手を巻き付けて引き寄せると、再びくちづけが降ってきた。そこは今や体温を取り戻していた。
激しいキスに、目が潤んでいる自覚はある。

「何週間ぶりだァ?」

「…ン、週で訊くなら九週間ぶりだ」

「長かったな」

「こんなもんだろ?」

それもそうか、と納得したのか高杉は土方の着流しの袷に手をかけた。
その手が肌を滑るのを、ぼんやりと眺めながら土方は口を開く。

「次は…ッあ」

こぼれ落ちる嬌声に遮られ、途切れた言葉に意地の悪い笑みが寄越される。

「おいおい、会ったばかりでもう次の話か?」

「チッ、待つ方の身にもなってみやがれってんだ」

「だったら、幕府の狗なんざやめて、俺の元に来たらいいだろうが」

本気ではない。何度も繰り返されてきた言葉遊びに近い戯れだった。
ルールがあるワケではないけれど、いつからだろう、おかえりと言われてただいまと返すような気軽さで、土方が『てめえが捕まれ』と返すのが決まりになっていた。
だから今も、反射的に決まり文句で返そうとして、しかし、直前でやめた。

「……それも、いいかもな」

敢えてそう呟いてみせた。意図があったワケではないし、ましてや本気で言ったワケでもない。単なる気紛れだった。だがそれは、例えるなら、おかえりと言われておかえりと返すような異様さを持ち合わせていた。
高杉は少し押し黙ったあと、簡潔に、「アホか」と言った。

「誰がアホだ冗談に決まってるじゃねェかてめえこそアホだろアホ」

負けず嫌いも相まって、流れるような早口で言い返すと、頭上で笑う気配がした。

「捨てんなよ」

「てめえが壊そうとしてるくせにか?」

「だからこそ、護ってみせろや」

そう言いながら左瞼を甘噛みされたため、視界がぼやけて、高杉がどんな表情でそれを言ったのかは分からなかった。
ただ、たぶん泣いてはいないんだろうな、とは思っていた。

ざぁざぁと響く雨が、涙の代わりだなんて、馬鹿な感傷に浸る気はない。




to the ENDs of the earth
(I would be satisfied if I made you mine‐君がいれば僕は他に何もいらないのに、君は決して手に入らないんだ)




 ̄ ̄
誘うけど連れていってはくれない高杉と、それが分かっているからこそ甘えてみせる土方




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